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日本人に合ったキリスト教について

1 :名無しさん@3周年:04/03/17 12:31
前ズレ
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1075008073/l50

2 :名無しさん@3周年:04/03/17 12:49
>>1
なんかはじめに一言かいてよ

3 :名無しさん@3周年:04/03/17 12:49
>>1


4 :名無しさん@3周年:04/03/17 13:17
フリーセックス

5 :名無しさん@3周年:04/03/17 15:38
真如苑がある

6 :名無しさん@3周年:04/03/17 15:53
>>4
> フリーセックス

日本人らしく
自由なまんこ、と呼ぼう

7 :名無しさん@3周年:04/03/17 16:06
     ,: 三ニ三ミミ;、-、    
     xX''     `YY"゙ミ、  
    彡"     ..______.  ミ.   南無妙法蓮華経を唱えるキリスト教はいかんざき?
    :::::             ::;                  
   ,=ミ______=三ミ ji,=三ミi                    
   i 、'ーーー|,-・ー |=|,ー・- |                ,-v-、       
   i; '::  ::: ーー" ゙i ,ーー'j             / _ノ_ノ:^)    
    ーi:: ::i:  /`^ー゙`、_ ..i           / _ノ_ノ_ノ /) 
     |:::. ゙"i _,,.-==-、;゙゙i             / ノ ノノ//   
     〉::.:..  丶 " ゙̄ .'.ノ       ____  /  ______ ノ   
   / i, `ー-、.,____,___ノ\____("  `ー" 、    ノ  
 ー'/  'i. ヽ、 ,二ニ/   \       ``ー-、   ゙   ノ   
  /   'i、 /\ /      >       ( `ー''"ー'"  
  \   'i," (__) /   /         \ /ノ


8 :名無しさん@3周年:04/03/17 16:15
まんこの自由

9 :名無しさん@3周年:04/03/17 16:25
>>6
その訳はおかしい
>>8
つまりまんこが女性の体から離れて、別な生命体として生きるように
なるんだな。キラーコンドームのように。
マンコが地面をゾロゾロ這いずり回ってるのを想像してみろ。
キモチワルイだけだ。

10 :名無しさん@3周年:04/03/17 16:59
>>9

マンコやり放題

11 :名無しさん@3周年:04/03/17 17:02
前スレの最後のほうで漫画やアニメの話が出てたけど、
池田理代子の「オルフェウスの窓」って知ってる?
カトリック系の音楽学校が舞台。
やたらキリスト教っぽい台詞がでてきた。

12 :名無しさん@3周年:04/03/17 17:06
あったあった。
あれもギムナジウムものだったね。
主人公は実は女の子なんだけど、財産相続の関係で
男装して、男子校に入ったんでしょう。
後々革命だのなんだの関わってきてストーリーが
複雑になってきたけど。

13 :名無しさん@3周年:04/03/17 17:09
>>10
それも意味が狭義過ぎる。
もっと広い意味なんだけどね。
男女平等なんかも関わってくるから。
解放された性とかね。なにも性交渉のことだけを指すわけじゃない。

14 :名無しさん@3周年:04/03/17 17:19
社会が個人に押し付ける性役割や偏った性の観念から解放されて、
主体的に自分の性を選択するというようなニュアンスだよ。


15 :名無しさん@3周年:04/03/17 17:25
>>13
>>14

「日本人に合った・・・」だろ?
そんな難しい観念は日本人向きじゃない。

いつでもどこでもやり放題!
が単純でイイ!

16 :名無しさん@3周年:04/03/17 17:29
>>15
Freeというのは、君の申し出を相手が断る権利もあるということだ。
>いつでもどこでもやり放題!
セックスワーカーの働く権利を侵害するから、反対。



17 :名無しさん@3周年:04/03/17 17:38
>>16

うむ。
断る権利は認めてはイカン。
が、ぎゃくにそれが地獄になる場合もある。

18 :名無しさん@3周年:04/03/17 17:40
>断る権利は認めてはイカン。
片方が抑圧されるんだから、それはフリーセックスではない。


19 :名無しさん@3周年:04/03/17 17:43
>>18

その「抑圧される」という概念を取り除くのが
フリーセックスじゃないの?

20 :名無しさん@3周年:04/03/17 17:44
 キリスト教を悪いとは思わないが、輪廻転生が存在するのは事実だから
その辺は教義に問題を感じるけど。本来キリスト教には輪廻転生の理念が
存在していたと言われている、長い年月でどんどん内容が変化してしまう
のはしょうがないことだが。

21 :名無しさん@3周年:04/03/17 17:45
江戸時代の夜這いは、相手構わず関係を持っていたわけじゃない。
若い未婚の男女の親同士の間で、話しが決まっていて、娘の親が
相手の男が娘に夜這いしやすいように、家の鍵を空けておくんだよ。
結婚するという前提があってのはなし。
遊郭では、お女郎さんには各種福利厚生が補償されていて、客も
それなりの報酬を払ってサービスを受けるの。
動物だって相手を選んでるんだよ。

22 :名無しさん@3周年:04/03/17 17:46
>>19
相手が嫌がってんのを無理やりにというのは、フリーセックス
じゃないよ。あくまで互いの合意のもとにでしょう。

23 :名無しさん@3周年:04/03/17 17:51
>>20 輪廻転生が存在するのは事実
それをひとつ証明してみてくれないか。
事実であるからには、証明できるはず。

24 :名無しさん@3周年:04/03/17 17:59
>>23
退行催眠はその人の記憶に蓄積されたものがイメージとして
出てくるだけだから、前世療法は信用できないかもね。

25 :23:04/03/17 18:02
>>24
そう思います。
輪廻転生は、宗教上の用語・概念であって、科学的に実証されてはいないと思います。
ゆえに、それを事実と言い切ってしまうと、その時点で、
輪廻転生を教義とする宗教のテリトリーになってしまいます。

26 :名無しさん@3周年:04/03/17 18:13
>>25
コンスタンティヌス帝の時に、福音書から削除されたとかいう
はなしを読んだことがあるような記憶があるんだけど。
知らない?

27 :名無しさん@3周年:04/03/17 18:27
>>22
いや、だから、その「嫌がる」という感情を排除してこそ
フリーセックルが成立するもんだ、と言ってるんだよ。

28 :名無しさん@3周年:04/03/17 18:31
>>27
個人の主体的選択を無視したフリーセックスなどあり得ない。
動物だって、OKとNOがあるんだよ。

29 :名無しさん@3周年:04/03/17 18:32
>感情を排除してこそ
それじゃ人間じゃなくてロボットじゃない。


30 :名無しさん@3周年:04/03/17 18:37
「あいつは顔が不細工だからヤダ」
「あいつのまんこは臭いからヤダ」

こういう発想を超越してこそ究極のフリなんじゃないのか?

31 :名無しさん@3周年:04/03/17 18:44
>>30
セックス以外にもいろいろなカタチの人間関係が人間には必要だから
それだと逆に不自由だよね。
近親相姦だと、遺伝子の異常も生じるし。
セックスしたくない気分のときもあるし。


32 :名無しさん@3周年:04/03/17 19:00
>>30
「あずみのまんこは臭いからヤダ」
じゃあ君はあずみのまんこに自分のちんこを挿れられるのか?

33 :名無しさん@3周年:04/03/17 19:05
>>32
あずみは関係ないから横に置いといて。
真面目な話し、性病の人とはできないでしょう。


34 :25:04/03/17 19:16
>>26
コンスタンティヌスの時は、まだ聖書は聖典化されていないと思うけどな。
だから、削除するもしないもないんじゃないのかな。

35 :名無しさん@3周年:04/03/17 19:28
キリスト教は基本的にユダヤ人の宗教観を受け継いでいるので、輪廻の概念がありません
(始まりがあって終りがある)、ですので循環はしません
かつては「火で焼かれたものは姿を変えてこの世に存在している」という考えも否定していたので
多数の物理学者、数学者、哲学者が殺されました

現在では「魂」の循環(輪廻)以外は認めています

36 :あるく:04/03/17 19:44
ああ!やっぱり遅かったか!
俺が立てようと思ってたのに・・・残念。

実は1カキコ文も用意してたんだわ。

日本人に合ったキリスト教について2

今は亡き余白氏の遺志をついで第二弾をお送りします。
皆さんのご意見をお聞かせください。


37 :あるく:04/03/17 19:49
1さん、「2」とか「その2」とか入れたほうがよかったのでは?

のっけからフリーセックス、池田理代子、輪廻の話になってますが、一応
スレタイに関してのカキコさせていただきます。

私は「日本人に合ったキリスト教」が必ずあると思います。
また、

38 :あるく:04/03/17 19:50
西南アジアであるパレスチナの地で生まれたキリスト教が、ヨーロッパの地
において「西欧人に合ったキリスト教」として、ソフト、ハードの両面から
改革進化させられたものだとしたら、アジアの極東の地においても、そうい
った試みがなされてもよいのではないかと考えています。


39 :あるく:04/03/17 19:51
日本人「に」合わせるのではなく、日本人「が」合わせるべき、という意見
も前スレではありました。
しかし、西欧風に確立したキリスト教に日本人が合わせられるかどうかとい
う問題があります。
それだと1%の壁は越えられないような気がします。


40 :あるく:04/03/17 19:53
風呂入って飯くいます。
じゃ!

41 :名無しさん@3周年:04/03/17 19:59
キリスト教はゲルマン人の為のユダヤ教の事だよ
たとえ政治的な紆余曲折を経たにせよ、それが世間一般で言う所のキリスト教なんだよ
一神教を重視するならば、イエス、十字架、キリストというキーワードにこだわる必要は無い

42 :名無しさん@3周年:04/03/17 20:03
メシアニックの話しだが、日本に言えるか?

メシアニックの礼拝は、その神学と同様にユダヤ教とキリスト教の伝統を尊
重した、渦巻きの海を航海するような難しい舵とりが必要です。ジョセフ・ラ
ビノウィッツがキリスト教の信仰、信条、今日のユダヤ人に適した生き方を

見いだすためにに格闘している(すべき)現在のメシアニック運動にとって理
想的なモデルを提示していることを、カジャー・ハンセンは示してきました。メ
シアニック運動の異邦人の教会の伝統への懐疑心をはなれて、初期教会

の儀式を調べ、教材やヒントとすべきです。多くがユダヤ的起源である宝
が、そこにはあります。この過程で、ヘブルカトリックによる儀式の言葉を無
視するのは、良い考えとは言えません。

「福音的」会衆が、ユダヤ教の儀式や神学との深い出会いを避け続けるな
ら、その会衆は表面にヘブル的なスパイスを振りかけた、うすっぺらなアメ
リカ的プロテスタントのコピーでありつづけるでしょう。その反対に、ユダヤ

的な会衆は、エビオン派キリスト教のようなあいまいさをのがれ、宇宙的教
会の聖餐にあずかりたいなら、初期教会の神学、儀式、信条について十分
に検討する必要があります。

43 :名無しさん@3周年:04/03/17 20:06
>>32
カソリック系女子校の永遠の処女・マリア像にティンコをこすり付けた
俺はどおなる。

44 :名無しさん@3周年:04/03/17 20:08
>>42
福音派のおつむでそんな難しいこと理解できるわけがない。

45 :名無しさん@3周年:04/03/17 20:09
>>43
永遠の地獄です。

46 :名無しさん@3周年:04/03/17 20:14
>>43
それ以前に、なぜ女子高に入れたんだ?w

47 :名無しさん@3周年:04/03/17 20:38
>>32
臭いのは勘弁してくれ

48 :名無しさん@3周年:04/03/17 20:42
要するに、フリーセックスを実現するには
万個が臭いとか、性病を撲滅するとか、
近親相姦による遺伝子異常を防止するためとか、
不要な妊娠を避けるための避妊とか、
様様な要素を排除しないといかんということやね。

特に、万個の悪臭は論外。
もちろん、珍粕の掃除はオトコにとっての最低限のマナーだと言えよう。

49 :名無しさん@3周年:04/03/17 20:58
究極の自由とは究極の不自由なのかも。
その逆もまた然り。

50 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/17 21:01
―地上で天で行われることをなさり、言葉にも現されたイエス・キリスト―
  盲人は見え、足なえは歩き、らい病人はきよまり、耳しいは聞こえ、死人は生きかえり、
  さまざまな病苦と悪霊とに悩む人々をいやし、財産のある者に、持っているものをみな
  売り払って、貧しい人々に分けてやりなさいと言われた。― それらは永遠の命の国で
  は天の父がなさっていることなのです。そのイエスを真の人、主であると信じる者は永
  遠の命を持つ。
  
  天国であり、神の支配下の国では、困っている人、苦しんでいる人、富んでいる人、貧
  しい人がいません。皆、同じように平安で喜びに満ちているのです。
  
地上にもその国が来たりますよう祈る者、その方を讃美する者はその国に入る。日本人は神
という言葉が嫌いかもしれないが、死後を信じ、よいところに生まれたいと思う者は、信じ
るのが自然ではないか。また、宗教とは哲学とは違い、天にあるものを求めることでしょう。
または、天にあるものを戒めにするということでしょう。宗教をする人たちが、イエスを否
定することはどういう理由からだろう?>>39

51 :あるく:04/03/17 21:05
>>35
>キリスト教は基本的にユダヤ人の宗教観を受け継いでいるので、輪廻の概念
がありません

『ゾハルの書』では魂の「輪廻(ギルグール」について説いています。
カバラの秘義として因果応報、輪廻の思想が説かれています。
確かにキリスト教には輪廻の思想はありませんけどね。
削除されたのか、最初からなかったのかは分かりませんが。


52 :あるく:04/03/17 21:22
>>50
>イエスを否定することはどういう理由からだろう?

じゃ、釈迦を受け入れているかというと、そうじゃないでしょう。
確かに日本は仏教徒が多いです。
だけど釈迦の説いた教えをかなり忠実に反映しているといわれる原始仏典
なんか読んでみても、かなりエリート主義ですよね。合理的哲学的である
し虚無的でさえある。
日本人が好きな仏教は法然や親鸞や一遍なんですよ。
それが日本人の仏教なわけです。
他力で、皆が救われて、あまり難しい修行とかいらない、念仏を一行唱え
ただけで救われるという。まさに庶民派。
それはそれで全然悪いことじゃない。
やっぱり親鸞なんかはすごいことやった人だと思うわけですよ。
うちのアホな母親でも南無阿弥陀仏って唱えてるわけだし。


53 :名無しさん@3周年:04/03/17 21:24
輪廻転生といえば、古代ギリシアのピュタゴラス教団。

54 :あるく:04/03/17 21:39
いつもうちの母親を基本として考えるわけです。

アレにキリストの贖罪思想が理解できるのかと。
三位一体が理解できるのかと。
自分の十字架を担うという意味が理解できるのかと。


55 :名無しさん@3周年:04/03/17 21:42
>>45

魔婿学際女を女房にすると永遠の地獄だな。ww

56 :名無しさん@3周年:04/03/17 21:43
>>54
それも気の毒な話だ。
キリスト教徒だってほとんど理解できてないと思うぞ。
辛うじて多少なりとも理解できてそうなのは贖罪くらいか?

57 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/17 21:50
>>52
人のうちで罪人にならなかったのは、原始仏教のブッダしかいない。そのブッダが永遠の命
を説いたら、ごく僅かな者しか行えないものとなった。ブッダは永遠の命が存在するという
役割しか果たしえなかった。真理は人が好むものではない。南無阿弥陀仏を唱えれば救われ
というのは偽りです。ブッダはそのようなことを一切言わなかった。

神の子イエスは、全ての人々の救済のために現れたのです。イエスの行いは真理であり、命
なのです。素直になって信じれば救われる。

永遠の命の国には、南無阿弥陀仏を唱えることない。しかし、イエスの言葉は存在する。
イエスの言われるとおり、霊とまことをもって祈ればいいのです。

58 :名無しさん@3周年:04/03/17 21:53
>>55
そんな人でも彼氏がいたり、結婚してるのに、
あなたはまだひとりぼっちで可哀想だね。
私の連れ合いは足が臭いし、朝起きたら、モー
ニングトゥースで口臭いけど、愛があるから気
になりません。
そういう陰湿な真似はいい加減やめな。
見苦しいよ。

59 :あるく:04/03/17 21:57
>>56
でしょうね。要するにこ難しいんですよ。
仏教だってインド産原始仏教のまんまだったら、日本でブレイクしてないでしょうね。中国経由の大乗、しかも日本で更に大乗化されて根づいたような
もの。
キリスト教も、もっと庶民チックになればな、と考えたりもします。

遠藤、井上神学はもちろん評価すべきです。
しかしあえて不遜な言い方を許していただくなら、まだカトリックの範疇か
ら激しくはみ出ていないような気がします。
もっと自由な、もっと庶民派なキリスト教があっても・・・と考える日々で
す。

60 :あるく:04/03/17 22:02
>>57
おっしゃることは分かります。
ただ、その説明だと、日本の99%の未信者は「ハア・・・」と口をあけたまま、
後ずさりするだけではないでしょうか。


61 :名無しさん@3周年:04/03/17 22:04
キリスト教の何が難しいの?
真理は単純なものだよ。


62 :名無しさん@3周年:04/03/17 22:05
布教だけでで広がった宗教なんてありませんよ
仏教が日本に浸透したのは、日本人に受け容れられるように改良したからでは
ありません、時代が新しい救いの道を要求したのです

またキリスト教が欧州で広まったのも同じです
布教ではなく新しい時代が、新しい宗教を求めたのです

現在の日本がキリスト教を求めているか?と言うと、求めていないでしょう
また南米や北欧などで見られたような強制改宗の力も教会にはすでにありません

63 :名無しさん@3周年:04/03/17 22:06
キリスト教は、はっきり言うけど「いんちき臭い」

64 :名無しさん@3周年:04/03/17 22:09
>>63
来て、見なさい。

65 :名無しさん@3周年:04/03/17 22:11
「底が浅い。」

66 :名無しさん@3周年:04/03/17 22:12
体験しなければ分かりませんが、
2chでは体験できないです。残念ですが。

67 :62:04/03/17 22:12
なお、宣教が受け容れられる為にもっとも重要な要素は

戦乱、貧困、飢餓、など社会不安です、これが国の解決能力を超えた時
宗教が台頭します、健全なシステムを維持している社会では布教は失敗します

仏教やキリスト教が布教のみで広がった地域には、社会不安が当てはまりますので
しらべて見てください

68 :名無しさん@3周年:04/03/17 22:13
>>46
英語科教師なんです。

69 :あるく:04/03/17 22:16
>>62
>現在の日本がキリスト教を求めているか?と言うと、求めていないでしょう

そうは断言できないと思いますが。
また、「現在」に限った話でもないのです。
「(戦後から)本来ならそうした精神的空白に乗じて大きくなるべきだった
のにキリスト教は広まらなかった」(小田晋)

70 :名無しさん@3周年:04/03/17 22:20
キリスト教は広まらない。
なぜなら仏教のほうが優れている。

71 :あるく:04/03/17 22:20
>>67
社会不安もそうですが、個人の不安は常にあります。

サラリーマンがホームレスになるような時代だから、社会不安もないことも
ないですけどね。

72 :名無しさん@3周年:04/03/17 22:22
はっきりいって社会不安も個人の実存的不安も
なくなることはありません。

大金持ちでも自殺する人がいます。
人間とは一体なんという生き物なのか

73 :62:04/03/17 22:26
>>69
個人の言葉と、実際に目の前にある実情
どちらを現実を占う参考にしますか?

ヨーロッパは全てキリスト教の国であり、住人も大概クリスチャンですが
過去から現在、そして未来にいたるまで、求めている救いがキリスト教である
と言う事も同時に言えないと思います

>精神的空白が埋めきれていない為

74 :名無しさん@3周年:04/03/17 22:27
物質的な面では鬼畜米英が、
精神では日本が勝っている。

75 :62:04/03/17 22:28
>>71 >>72
それはそうですね
でも特定の宗教が広まる原因にはならないハズです
宗教の役割の基本中の基本ですから

76 :名無しさん@3周年:04/03/17 22:28
>>73
ヨーロッパのキリスト教は、もと国教、体制の宗教ですから。


77 :62:04/03/17 22:31
>>76
お伺いしますが、キリスト教は>もと国教、という事ですが
現在はどうなんですか?

キリスト教を国策に用いる国は無くなったと言え、現在も国教だと思いますが?

78 :名無しさん@3周年:04/03/17 22:35
tp://theology.doshisha.ac.jp:8008/kkohara/essay.nsf/0/b426bffc5b1fac6449256ac100513975?OpenDocument

>>77

79 :あるく:04/03/17 22:36
宗教が広まる要因に社会不安が必要という説は理解します。
ただそれは「戦乱、貧困、飢餓」など極端なものに限らないと思います。
逆に物質的に繁栄しているときにも社会不安(個人の集合無意識としての)
はあると思います。
オウム真理教が信者数を拡大したのはまさにバブルの時代だったと記憶して
います。

80 :62:04/03/17 22:40
ちなみに私はキリスト教は、国教としては、自浄能力に乏しいという弱点があると思います
クリスチャンの方に伺いますと、神との関係は突き詰めれば、対個人になるようです
それに例えば、国家に一大事である戦争ですが、キリスト教国の場合
戦争を始める時は、「この世には命より大切なものがある」と説き
戦争を止める時は、「この世には命ほど大切なものは無い」と説く

どちらかが間違っているならばまだ良いのですが、どちらも真理です
そして結果的にそれをくり返してしまう、まったく持って大変なジレンマです
ナチの台頭を許してしまったのも、それが原因の一つかもしれません

81 :名無しさん@3周年:04/03/17 22:42
創価学会に自浄能力があるとも思えんが。。。

82 :名無しさん@3周年:04/03/17 22:43
>>80
それは同感。
本来、キリスト教は国教になりえない性質のもの。

83 :62:04/03/17 22:44
>>79
実際に計算した事は無いのですが、オウムの規模は日本のキリスト教人口よりも
少ないと記憶しています
拡大(誕生)の要因も日本政府の宗教団体への対応の優柔不断が一番だと思います

84 :62:04/03/17 22:45
>>81
層化が国教になる事は永遠にありません

85 :あるく:04/03/17 22:55
国教になんてならなくてもいいんですよ。
うまくいえないな・・。
なんつーか、もすこし多くの人の心にひっかかってくれないかなと。
まあ、その程度のことなんです。
1%が2%にならないかなと。

86 :あるく:04/03/17 22:59
85は層化ではなくキリスト教のことね。

87 :名無しさん@3周年:04/03/17 23:28
キリスト教関係の宗教は総合すると日本の人口の2%は居ますよ

88 :名無しさん@3周年:04/03/17 23:30
キリスト教から御伽噺を取り除いたら浄土信仰になる。

89 :名無しさん@3周年:04/03/18 10:56
戦後の日本の社会は、キリスト教を含めた宗教よりも、
イデオロギー(民主主義・社会主義・共産主義など)にひきつけられた人が
多かったような・・・

90 :名無しさん@3周年:04/03/18 11:42
>>89
そうでもない。イデオロギーと並行して、そうか、立正、霊友が躍進した。

91 :ボボ・クッサ:04/03/18 12:04
何かご用ですか?

バカは氏ね。ボケナス!

92 :名無しさん@3周年:04/03/18 12:30
>>91
>何かご用ですか?
肩もんで。
あとお茶入れて。

93 :名無しさん@3周年:04/03/18 13:26
まんこくさくさ くさまんこ

94 :名無しさん@3周年:04/03/18 13:30
>>93
あんたおもろいな。
その素直さをいつまでも持ち続けてくれイ。


95 :あるく:04/03/18 21:07
キリスト教には「悲しみの宗教」というイメージもある。
悲劇というか。
これは日本人の情緒には訴える部分があると思う。

ただ、血みどろで十字架に張り付けになった「人間生け贄」
の部分をあからさま、モロに見せつけても引くだろうけど。
(5月に公開される映画『パッション』を日本人はどう見る
んだろうか。)

96 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/18 21:11
>>52 やっぱり親鸞なんかはすごいことやった人だと思うわけですよ。

南無阿弥陀仏を唱えて成仏できるかどうか?永遠の命の国は、平安を喜び、やさしい心の
ある人の行くところ。天国は、慈悲深い人々の行くところであり、自分をこよなく愛する
こころはなく、慈愛に満ち溢れた平安と喜びの世界。だから、天国なのです。

イエス・キリストは、天で行われる慈愛を地上で現し、そして去っていった。病に苦しん
いる人々を癒し、盲人は見え、足なえは歩き、耳しいは聞こえ、死人は生き返るなどの奇
跡を起こし、富んでいる者は貧しい者に分け与えよと語られた。そして、私たちは、神の
恵みにより、この世で苦しんでいる者、困り果てている者がいないようにと「天にいます
われらの父よ、御名があがめられますように。御国がきますように。みこころが天に行わ
れるとおり、地にも行われますように。」とこころをこめて祈れば、慈しみのこころを起
こせるのです。

そして、その慈しみのこころによって天国に行ける者となる。

  

97 :名無しさん@3周年:04/03/18 21:16
日本人は生活全般に犠牲を払わなくてはならない宗教を受け付けないのさ。
層化みたいなレベルの低い現世利益目的の擬似宗教は別だがな。

98 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/18 21:16
修行して妄執を打ち破り、究極の理想に通じた人が、この平安の境地に達してなすべきこと
は「あたかも、母が己が独り子を命を賭けても護るように、そのように一切の生きとし生け
るものどもに対しても、無量の慈しみのこころを起こすべし。また全世界に対して無量の慈
しみの意を起こすべし。〜この世では、この状態を崇高な境地と呼ぶ。諸々の邪まな見解に
とらわれず、戒めを保ち、見るはたらきを具えて、諸々の欲望に関する貪りを除いた人は、
決して再び母体に宿ることがないであろう。」ブッダのことば 慈しみ

 仏教の最終目的が、修行を完成させ無量の慈しみを起こすことなのです。
 
それを、親鸞は南無阿弥陀仏を唱えることにすり替えてしまった。南無阿弥陀仏によって慈
しみのこころを起こせるのでしょうか。おおよそ、自分を愛するこころからのものでしょう。 
 

99 :あるく:04/03/18 21:27
>>96
「南無阿弥陀仏を唱えて成仏できるかどうか?」ということではなく、
「南無阿弥陀仏を唱えて成仏できる」と信じ切ることが重要なのだと思
います。全託です。自分はありません。他力というのはそういうことで
あり、逆に私なんかには非常に難しいことのように感じたりします。

それから天国の話ですが・・・。
彼ら念仏信仰者はすぐに極楽(天国)に行けるわけではなく、浄土に渡っ
てそこで更に修行?してはじめて極楽に行けるのです。
だから念仏を唱えてすぐに天国に行けるわけではないと思います。

100 :名無しさん@3周年:04/03/18 21:32
やはり日本人には、キリスト教じゃなくて基督教って書くべきだよ。


101 :名無しさん@3周年:04/03/18 21:33
念仏を唱えんという心を起こしたとき、すでに往生が
確定するんですよ。

102 :あるく:04/03/18 21:34
>>カミミタさん
親鸞批判はキリがないので・・・逃げていいですか?w

>>97
いえてますね。
ただ、現世利益目的だったのが「生活全般に犠牲を払」うようになったりして。

103 :名無しさん@3周年:04/03/18 21:35
親鸞念仏は気付き→報恩の念仏。

弥陀の本願はあまねく衆生に及んでおります

104 :あるく:04/03/18 21:39
>>100
漢字はカッコイイんですけどね。
でも、「基督」ってキトクって読みそうになりませんか?

105 :名無しさん@3周年:04/03/18 22:18
仏教学者の故渡辺照宏氏が、著書『日本の仏教』(岩波新書:1958.1.25初版)の中で、
浄土教について次のように書かれている。

 浄土教の流行がわが国におよぼした影響は大きい。中でも浄土真宗は、親鸞自身の意図とは別に、
思いがけない方面に影響した。自力の拒否、戒律の放棄は独善的な、閉ざされた教団を成長させた。
前にも指摘したように、いわゆる自力の立場に立つ聖道門の人たちが社会事業に貢献しているのに、
真宗の人々は最近までその方面に無関心であった。親鸞の非僧非俗の立場は出家教団の秩序を破壊
したのみではなくて、在家信者の基本的義務さえもふみにじってしまった。仏教の在家信者の第一
の義務は布施である。次には在家としての戒律を守ることである。布施と戒律とを放棄すれば、
在家信者の資格がないことはインド以来の教団の歴史に明らかである。このようにして在家信者の
資格さえも放棄した親鸞の教をもって〈在家仏教〉とよぶのはまったくの見当ちがいである。
親鸞は彼自身の言ったように僧侶でもなければ在家でもない。
 また一般に浄土教は現実逃避の傾向が強い。日本人が正面から現実の問題と取組むことを回避する
態度を助長したのも、浄土教であった。したがって封建的勢力に協力し、社会の近代化を妨げた責任
の一端もここにある。こういう点から考えても。浄土教は静養における宗教改革とは正反対の役割を
果たしたと言わなければならない。この末世的な新興宗教を「日本仏教の精華」とよぶような偏見が
今でも一部では行なわれているが、そういうことをいうのは仏教の本質と実践的意義を知らないから
である。浄土教の近代化はなお今後の問題であろう。

106 :名無しさん@3周年:04/03/18 22:20
>親鸞は彼自身の言ったように僧侶でもなければ在家でもない
確かに。非僧非俗といった。じゃ、親鸞は何なの。
真宗は何なのだろうか

107 :名無しさん@3周年:04/03/18 22:32
>>106
安い本だから読んでみてくれ。
日本の著名な僧たちが仏教の受容にどのような役割を果たしたかが分かる。
親鸞に対しても決して冷淡・否定的な態度をとっているわけではないようだ。

108 :名無しさん@3周年:04/03/18 22:35
amazing graceっていい曲ですねえ。
「おどろくべき 神の恵み」

財前教授のラストが気になるー。

109 :名無しさん@3周年:04/03/19 00:10
>>97
カトリックの聖人崇敬はカナーリ御利益宗教的な面があると思うが。

110 :名無しさん@3周年:04/03/19 01:08
日本のクリスチャン(特にリベラル派)って
イエスさまの仲間っていうよりもむしろ
イエスさまをはりつけにした連中(祭司、学者)の仲間のように思える
対外的には独善的な社会活動?に血道をあげ
教会内では信徒同士の鼻持ちならないインテリぢまん

111 :名無しさん@3周年:04/03/19 01:11
>>100
ダメです、切支丹です

112 :名無しさん@3周年:04/03/19 04:09
>>111
耶蘇だろ


113 :名無しさん@3周年:04/03/19 09:25
基督も耶蘇も元々は中国語

つうことで、切支丹に1票

114 :名無しさん@3周年:04/03/19 13:29
阿蘇国際

115 :名無しさん@3周年:04/03/19 13:45
女性から自由になった新生命体


\   /
         \ /
        (●)(●)
       (●)(●)(●)
 \__ (●)(●)(●)(●)__/   カサカサ
     (●)(●)(●(●)(●)
     (●)(●)(●)(●)(●)
 __ (●)(●)(●)(●))(●)__   
/   (●)(●)(●)(●)(●)   \
    (●))(●)(●)(●)(●)     
  __(●)(●)(●)(●)(●)__
 /   (●)(●)((●))(●)    \
      (●)(●)(●)(●)       カサカサ
       (●))(●)(●)
         (●))(●)
           (●)



116 :名無しさん@3周年:04/03/19 16:14
日本のクリスチャン(特に福音派)って
イエスさまの仲間っていうよりもむしろ
イエスさまをはりつけにした連中(祭司、学者)の仲間のように思える
社会的には一切役に立たず、独善的で偏狭な会員獲得活動?に血道をあげ
教会内では信徒同士の息が詰まる監視とうわべだけの愛


117 :名無しさん@3周年:04/03/19 20:29
新スレです。よろしくね。

検証・聖書キリスト教会
http://etc.2ch.net/test/read.cgi/psy/1079689304/l50

118 :名無しさん@3周年:04/03/19 20:52
>>116
新教=パリ際派というわけですね。

119 :あるく:04/03/19 22:37
一神教というのがそもそもネックだと思う。
他の神々を認めないというか。
ついつい攻撃的になってしまう。
前スレに「八百万の神の一人として崇める」という意見があったが、
悪くないと思う。

多神教、いろいろな神が共存できる日本って素晴らしいと思うが。
和の精神ってことで。

120 :名無しさん@3周年:04/03/19 22:39
>>119
天皇を現人神として、日本もかつて戦争をしましたよね。


121 :名無しさん@3周年:04/03/19 22:42
また、家の宗教という観念がまだまだ強い地方では、
キリスト教はじめ、その他の信仰をお持ちのお嫁さん
なんかはずいぶんご苦労されてるようですよ。

122 :あるく:04/03/19 23:20
いっそのこと、仏教とか神道とかとミックスしたものを
「日本のキリスト教」にしちゃうとか。
(これも前スレで出たっけ?)

せっかくマリア観音というものがあるんだし。
(切支丹の悲しい歴史を踏みにじるわけではなく、尊重する意味で。)

123 :名無しさん@3周年:04/03/19 23:22
キリスト教って、
小学生のころに、
少しと顔を出したら、
日本の宗教とか、
アラビアの宗教とかエジプトとか、
そういうのは、悪い神だとかいって、
エホバだけを信じろとかいっていたね。
エホバって、なに?
とかおもって、理解できなかったことがある。

124 :あるく:04/03/19 23:24
>>121
そういう家でのお嫁さんは、やっぱり隠れ切支丹的生活を送らざるをえない
んでしょうかね。

125 :あるく:04/03/20 00:08
>>121
ちなみに私もド田舎出身ですけど、クリスチャンいましたよ。
うちの親戚。まわりも「ああ、そうなの」という程度のリアクション。
地方、家によりけりでしょう。統一教会とかそういうのだったら話は
別ですが。
もし問題が起きるとすれば、いかに自分の信仰しているものが素晴ら
しいか、まわりに説きはじめる場合でしょう。
親戚縁者や隣近所にまで「伝道」するようになったら問題でしょうね。

126 :あるく:04/03/20 00:15
ひとり静かに信仰してるぶんには誰も何もいわないでしょう。

あと、法事や葬式の場合は、まわりに合わせればいいんじゃないかと。
仏式で。形だけなんですから。
自分だけ浮いたりせず、波風立てないように生活していればいいので
はないか・・・と。

127 :名無しさん@3周年:04/03/20 00:17
その点福音派は飛んで火にいる夏の虫だね。

128 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/03/20 11:42
真理は唯一です。

129 :名無しさん@3周年:04/03/20 12:10
内村鑑三的な運動が起こることです。
自覚的な、民族自立のイエス=キリスト運動が。

130 :名無しさん@3周年:04/03/20 12:13
アジョルナメントは頭で考えてするもんではなく、
そう表現せざるをえない、という衝動のものに
生まれてくるものでしょう。

内村のような巨人が一人でることもよいですが、
ごく小さな内村でも100人、1000人、
消化したものを自分なりに表現する活動が
出てくればよいのです。そしてそういう活動は
少しずつ出てきていると思います。


131 :名無しさん@3周年:04/03/20 12:25
南無阿弥陀仏を唱えましょう。

132 :名無しさん@3周年:04/03/20 12:37
キリスト教は人間に合わない

なぜなら自分勝手で 自分だけが正しいと言う妄想に取り付かれ
幼児強姦を繰り返し
全然反省しないから

133 :名無しさん@3周年:04/03/20 13:05
みんながすきなときにおまいりできるキリスト教神社をつくる
お正月には破魔矢とかお守りを販売する

134 :名無しさん@3周年:04/03/20 13:11
キリスト教は、物事の白黒・善悪等をハッキリさせる。日本人は、曖昧さを好む。
よってキリスト教は日本人には合わない。

135 :名無しさん@3周年:04/03/20 13:12
>>130
内村ってやりまくりの内村のことか?
徳永とか言うオバサンと不倫してたよな

136 :名無しさん@3周年:04/03/20 13:31
内村光良だろ?
これがキリシタンの尊敬する人 プゲラ

137 :名無しさん@3周年:04/03/20 14:10
政治的発言を行ったり政治への口出ししてるキリスト教団体をよく見かけるが、
薄っぺらい印象を撒き散らしてるだけでしょ。なんであんなことやるの?

ある種の普遍性を前提にしたものならありだとは思うけど、国旗国歌だとかさ、
戦争犯罪がどうのとかさ、見方が一つ変われば評価も変わってしまう類のことで
政治運動する宗教者って、短絡的な見方をしてるんだなーっていう
イメージ植え付けてる。

138 :名無しさん@3周年:04/03/20 14:26
ノンクリから見たら薄っぺらいというより、薄気味悪いのではw
ニッキなんて政治関連板でシャーミン関係で何度か晒されてるし
ねらーにとっては、はっきり言ってトンデモと見られてる
あまりな政治的主張は考え物だと思う

139 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/20 23:22
>>99「南無阿弥陀仏を唱えて成仏できる」と信じ切ることが重要なのだと思います。

天国は、病に苦しんでいる人が癒され、それを我が事のように喜ぶようなこころが入ると
ころ。また、「盲人は見え、足なえは歩き、耳しいは聞こえ」とあるように、地上で苦し
んでいる人々が直り、それを我が事のように喜ぶようなこころが入るところ。そして、そ
れらを行われる父を讃美するようなこころが入るところなのです。

それらを行われたイエス・キリストを信じる者は、永遠の命を持つ。なぜなら、永遠の命
の国は、それらが父によって行われるからです。愛のため主を讃美する者は、死から命に
移っている。世の完全なる平安を願い、地上で苦しんでいる者を思い「みこころが天に行
われるとおり、地にも行われますように。」と祈るならば、そのこころは肉体の死を超越
して永遠に続く。その思いはさらにふくらみ、人知ではとうてい測り知ることのできない
至上の喜びとなって、天国で喜びおどることになるでしょう。

しかし、地上をこよなく愛するこころは死とともに失われる。地上のみ考えている者は滅
びるのです。自分のため何かを唱えれば救われると信じきる者も、そのこころは死ととも
に失われる。永遠の命に入ることはできないのです。永遠の命の国には、唱えることが一
切ありませんから。

罪が人を慈しみ愛するこころを拒ませている。何かを唱えさせる。しかし、人々の平安を
思い「みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。」と祈る者は、永遠の
命に至る。

140 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/20 23:24
ブッダは人として、罪である妄執を打ち破り、生きながらにして彼岸に到達した。
「一切の生きとし生ける者をあわれむ修行完成者・ブッダに、罪過は存在しない。」と語
られている。そして、「究極の理想に通じた人が、この平安の境地に到達してなすべきこ
とは次のとおりである。〜一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽
であれ。」と思うことが、仏界なのです。平安の境地に到達して、生けるものの安穏と安
楽を思うことで成仏できる。そして、「あたかも、母が己が独り子を命を賭けても護るよ
うに、そのように一切の生きとし生けるものどもに対しても、無量の慈しみのこころを起
こすべし。また全世界に対して無量の慈しみのこころを起こすべし。上に、下に、また横
に、障害なく怨みなく敵意なき慈しみを行うべし。立ちつつも、歩みつつも、坐しつつも、
臥しつつも、眠らないでいる限りは、この慈しみの心づかいをしっかりとたもて。この世
では、この状態を崇高な境地と呼ぶ。」そうなれば、決して母体に宿ることがないと。

しかし、全ての人々が修行を完成することはできません。それで、神は子として地上に現
れ、自ら人々をあわれみ、子をあなた自身よりまことの人として信じた者は、あわれみを
認め罪がゆるされるとされたのです。聖書に書いてある主の行いを知って、まことの人と
信じる者は、罪がゆるされた。また、慈悲、慈悲と言っても慈しむこころは起こらない。
イエスが去ることによって、信じた者は霊とまことをもって祈るようになり、その人のこ
ころの内に慈愛が起こせるようになるのです。

御言はそれを広めることによって、その人の内に平安を願うこころが起こせるもの。御言
を知り、広めようとする者は、その人の内に人々の幸福を願うこころと、人々の安穏を願
うこころと、安楽を願うこころが宿っているのです。

141 :名無しさん@3周年:04/03/21 00:30
長い

142 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/21 10:17
ブッダは、厳しい修行を完成させ、地上のものを望むこころを滅ぼし尽し、慈悲を完成さ
せた。
イエス・キリストは、天で行われることを地上でなされ、困っている者、苦しんでいる者
に哀れみをかけ、病人を癒し、人々が「みこころが天に行われるとおり、地にも行われま
すように」と祈ることにより、慈悲のこころを保てるようにした。

人を哀れみ、慈しむこころが永遠の命にあり、そのこころのある者が、永遠の命を得る。

143 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/21 10:21
一方、地上のことのみで生きる者は、死とともに滅びる。自分のこの世のものへの思いは
死とともに滅びるのです。自分をこよなく愛するこころも滅び、人を慈しみ愛するこころ
は永遠の命を得る。

南無阿弥陀仏など何かを唱えることも、死とともに滅び、ただ「みこころが天に行われる
とおり、地にも行われるように」と祈る者が、永遠に生きる。

仏教の修行途中の人々も滅びるでしょう。なぜなら、慈悲を完成させていないからです。
何かを唱えて救われる、読経をして救われると思う人は、永遠の命が得られない。―
それらは、永遠の命にはないからです。

144 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/21 11:49
義なる永遠の命の国とは、困っている者、苦しんでいるもの、病んでいる者、富んでいる
者、貧しい者が一切いません。皆平等に喜びあい、互いに慈しみ神の平安を喜びあってい
る世界なのです。そのことを地上で行われ、語られたイエス・キリストを信じる者は、永
遠の命を持つ。

地上の平安を願い、主の再臨を願う者は永遠の命の国に入る。しかし、自分が天国に入り
たいと「主よ、主よ」と言っても天国に入れません。何かを唱える者は、災いです。滅び
るから。しかし、地上の平安を願い、みこころを伝える者は、幸いです。天には平安を願
うこころもあるから、平安を願い伝える者は、永遠の命に入る。

145 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/21 12:58
「世界の終極に達しないで、苦しみから離脱することはあり得ない。それ故に、清らかな
行いを修めた人は、世界の終極に至る人となるであろう。かれは、悪を静めて、世界の終
極を知り、この世もかの世も望まない。」ブッダ

平安を願い、主の再臨を願うことは悪いことではない。終わりの日、完全なる平安の世界
を望むことは善なのです。しかし、命の国に入ることができない者もいる。主を拒み、慈
愛と平安とを拒む者は、決して命の世界に入ることはできない。だから、隣人を愛し、人
々を哀れむ者となり、福音を述べ伝えよと言っているのです。

何かを唱える者を、「みこころが天に行われるとおり、地に行われるように。」と霊とま
ことをもって祈るようにせよ。地上のみに生きる者に、イエス・キリストを信じさせよ。
そうすれば、主は再臨され、人々は苦しみから離脱するでしょう。


146 :テリーマン:04/03/21 16:05
そんなことあるわけなかろーもー
キリストもなめたまねしてくれてるよ。
仏教は第2のオウムだー
洗脳はあたりまえだのくらっかー
で、被害多発。警察うごけ
マスコミうごけ
わたなべとおる、さかきばらいくえ
も仏教信者だ。
仏教信者どもの悪徳勧誘絶対ゆるしません。
みんなで仏教信者どもをつぶそう!

147 :ジェミニ:04/03/21 16:17
仏教信者はどーかなー
やってることがひどいからなー
誘拐とこもしてるっていうし。
こりゃひどいは
http://ip.tosp.co.jp/i.asp?i=butakota

148 :名無しさん@3周年:04/03/21 18:00
>>96 >>99
「南無阿弥陀仏を唱えて成仏」とあるが、これは間違い。
「南無阿弥陀仏と唱えて」できるのは「往生」(西方極楽浄土への転生)です。
成仏ではありません。(まあ真宗義においては実質的には一緒なのだが)

149 :名無しさん@3周年:04/03/21 20:01
西方極楽浄土
スリランカのことでしょう?

150 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/03/21 20:05
お釈迦様は王子様かもしれないけど、
イエス様は大工さんなのよ!!

151 :あるく:04/03/21 22:28
>>148
そうでした。「成仏」っつったら仏になっちゃうもんね。

>>150
出発点はそうだけど、あとは二人ともホームレス。
・・・一応、冠つけとくか。
聖なるホームレス。

152 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/22 21:43
牛飼いダ二ヤが言った
「未だ馴らされていない牛もいるし、乳を飲む仔牛もいる。孕んだ牝牛もいるし、交尾を
欲する牡牛もいる。牡牛どもの主である牡牛もいる。神よ、もしも雨を降らそうと望むな
ら雨を降らせよ。」
師は答えた
「未だ馴らされていない牛もいないし、乳を飲む仔牛もいない。孕んだ牝牛もいないし、
交尾を欲する牝牛もいない。牡牛どもの主である牡牛もここにはいない。神よ、もしも雨
を降らそうと望むなら雨を降らせよ。」

牛はかれらにとって最も大切なシンボルであった。釈尊は、自分はいかなる財産も持って
いない、ということを強調しているのである。

怱ちに大雲が現れて、雨を降らし、低地と丘をみたした。神が雨を降らすのを聞いて・・・
・・・・・神は、基本的に財産や所有物を持たないことを望まれている。人が望んで自分
の所有物を持つ。人がその所有物に対して神に祈り求めても、何も得られないだろう。

153 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/25 21:30
神の望みは世の初め。人の手でつくられた一切の所有物を捨て去ること。しかし、神は
人々がイエス・キリストを信仰することによりゆるされた。それは何故か?人々が御言
を受け入れるならゆるされる。
「神が御子を世につかわされたのは、世をさばくためではなく、御子によって、この世
が救われるためである。」ヨハネ3

そのひとつに「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。」
この世にあって、その言葉を行うなら裁かれない。人をして、自分の欲望を押し付けるだ
けなら裁くというのです。また、神に祈るなら「日ごとの食物を、きょうもお与えくださ
い。」です。それが義の祈りであり、天には、この世のものを望むこころがないからです。


154 :名無しさん@3周年:04/03/25 23:22
日本人にあったキリスト教:音楽や絵画など、感覚にうったえるものを
多用する。


155 :名無しさん@3周年:04/03/26 05:11
皆さん何か勘違いしていませんか。
そもそも日本人に合うとか合わないとか、そんな事は問題ではない。
だいたい、日本人だから何々でなければいけないとか思っている人は、
相当ナショナリストに洗脳されてますよ。

ところで仏教は外国の文化であったわけですが、日本人の考え方や神道の思想に
合わせてしまった結果、本来の仏教とはかけ離れた存在となってしまったのです。
(釈迦は自分を崇拝するなとか像を作って拝むなとか言ったらしいです)
キリスト教もこのように俗化しないと良いですね。

156 :名無しさん@3周年:04/03/26 09:44
>>155
本来のキリスト教って、何よ?

もしかしたら本当はイエスはかなり俗っぽい人だったかもよw

157 :名無しさん@3周年:04/03/26 09:50
>>156
>本来のキリスト教って、何よ?

本当に知りたければ、原始教会史を学んでみよう。

158 :名無しさん@3周年:04/03/26 10:17
>>157
学んでみろって、原始教会史も史的イエス同様学者によって
いっていることがバラバラじゃん。例えば12人の弟子の存在は
エドワード・シュヴァイツァーの『新約聖書における教会像』
によればイエス生前のうちに存在していたことになっているのに、
ハンス・コンツェルマンの『原始キリスト教史』ではイエス没後
に創作された概念ということになっている。ルドルフ・ブルトマン
の『原始キリスト教史』はかなり直線的キリスト教発展像なのに、
ヘルムート・ケスターの『新しい新約聖書概説・下』の原始教会は
非常に多様な世界として描かれている。重要な点でも学者が
いっていることがバラバラなのに、本来のキリスト教なんて。

159 :名無しさん@3周年:04/03/26 18:37
>>158
ほう!そこまでご存じなら、話が早い。

では、史的イエスとケリュグマのキリストとの関係を、どのようにお考えですか?

私は、両者は分けるべきではない、と思っています。
つまり、使徒達が伝えた福音は、史的イエスに根ざしている、と。
簡単に言うと、福音書が伝えるイエス像は、史的イエスを根拠としているので、
両者を分けて考える必要はない、と思います。

そこで、本来のキリスト教とは、使徒言行録に記された、最初期のキリスト教の姿だと思って差し支えない、ということです。

160 :名無しさん@3周年:04/03/26 18:39
キリスト教は日本人には合わない。
それで良かろう。

161 :名無しさん@3周年:04/03/26 18:53


日本人は 人真似の得意な民族だからねー オリジナルのキリスト教を
生み出す非凡聖には 欠けてまつのね まず天王星を廃棄することやね!!  

162 :名無しさん@3周年:04/03/26 19:08
日本はキリスト教ほどに血も流してないしな。

163 :名無しさん@3周年:04/03/26 19:24

日本人は 天皇の名のもとに 神風特攻隊など 多くの犠牲の血を流しておりまつよ!
日本のカルト魂は 十字架の信仰にも通じるものがあるにゃ 日本の夜明けも近い!? 

164 :名無しさん@3周年:04/03/26 21:40
日本人に合わんと思うけど、だからといって、キリスト教だから
血を流したのかなあという気もしてる。キリスト教がなくても
他に理由をつくってでも血を流していたのではないかと。そんなことないの?

165 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/26 23:11
日本人に合う合わないということではなく、信仰として真理を知ることが重要なのです。
なぜ人を愛することが重要か。愛し続けることが重要かということを知ること。

人を見て信仰するのではなく、イエス・キリストから学ぶことが大切でしょう。人は罪
人であって、ミスを犯すものなのです。完全なら信仰はいりません。

また、せっかく信仰に興味を持っているのに、何かを唱えれば救われるとか、祈って自
分の希望を叶えられるという、嘘と偽りの信仰に騙されてしまっては、その信仰からは
自己満足しか得られず、真理を知ることはできません。

166 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/26 23:13
全世界は悪しき者の配下にあることを、知っている。」ヨハネ第一5
「世間は妄執によって導かれる。世間は妄執によって悩まされる。妄執という一つのもの
に、一切のものが従属した。」ブッダ

一切の人は悪しき者に従属した。全世界は悪しき者の配下になった。つまり地上は、すべて
悪しき者の配下なのです。そのため、人々は信仰を行わなければならず、義なる天を信じる
こと。それを身をもって示され、言葉としても語られたのがイエス・キリストです。
「盲人は見え、足なえは歩き、らい病人はきよまり、耳しいは聞こえ・・・・・・・・」
さまざまな病苦などに悩む人々をいやし、苦しんでいる人々を奇跡によって助けられた。

その方をまことの人、主であると信じることによって、人々は義とされるのです。つまり、
地上の不義を認め、天を示されたイエスを信じる信仰によって救われるのです。

167 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/26 23:15
「一切の生きとし生ける者をあわれむ修行完成者・ブッダに罪過は存在しない。」ブッダ
イエス・キリストはそのあわれみを肩代わりされ、人々が厳しい修行によって、あわれみ
のこころを常に保たねばならないところを、
 
 「天にいますわれらの父よ、御名があがめられますように。御国がきますように。
 みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。」
 
と世界で苦しんでいる人々を思い、こころを込めて祈るならば、あわれみのこころを保てる
のです。つまり、罪があわれみのこころをないがしろにした。奇跡によって、人々をあわれ
んだイエスをまことの人と信じない者は、罪からきているのです。


168 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/26 23:17
天には、あわれみの心、慈愛、謙そん、柔和、寛容があるのです。ブッダが言われた「究極
の理想に通じた人がなすべきこととして、母が己が独り子を命を賭けても護るように、その
ように一切の生きとし生ける者どもに対しても、無量の慈しみのこころを起こすべし。」と
あるように、自分のために何か呪文めいたものを唱えるのではなく、愛もあわれみも起こせ
ない経典を朗読するのではなく、地上で人の姿として現れたイエス・キリストが今、天にお
られると信じ、人を愛することが一番重要だと思うべきなのです。

 天では、盲人は見え、足なえは歩き、らい病人はきよまり、耳しいは聞こえ、富んだ者
 も貧しい者もおらず、皆平等に祝福され、互いに慈しみあって、幸福に満ち溢れた世界
 なのです。
 
それをイエスを信じ、何かを唱えることなく、直接義と思うこと。それが信仰であり、天
には経典も朗読することはありません。経典を朗読することが真理とするならば、その人
に真理はありません。 

169 :名無しさん@3周年:04/03/26 23:17
>>167
少し寝た方がいいよ。
泥の様に。生きている間だけ。

170 :名無しさん@3周年:04/03/26 23:25
猶太式西洋式の宗教という概念そのものが日本文化に不適合なのです

171 :名無しさん@3周年:04/03/26 23:46
「ミス」と「完全」を対置させるのは違和感あるんだが。
言葉を吟味して、頭が痛くなるほどじっくり考えた上で書いてるようには思えない。

いくら言葉を費やしてみても伝わらない時もあれば、一言で済むこともある。
語り掛け方が悪いのかと自省し、時には修正できないと誰も聞く耳持たない罠。

172 :名無しさん@3周年:04/03/26 23:49
本当に日本人に合ったキリスト教を目指すなら仏教は参考にはならないよ
日本の仏教は神道・・・っていうか神道以前のモノ(現在の神社神道やドキュソな古神道じゃない)
によって日本化したんだから。
そこんとこ真面目に考えないとね


173 :名無しさん@3周年:04/03/27 01:41
仏教・神道とは融合してはならない。
旧典礼を復活させろ

174 :名無しさん@3周年:04/03/27 01:42
神道は何でも融合してしまえる。

175 :名無しさん@3周年:04/03/27 08:31
・・・っていうか、神道って日本人のOSみたいなもんで、
外来の文化・宗教はアプリケーションに過ぎない。


176 :名無しさん@3周年:04/03/27 10:27
イエス・キリストもミスを犯す人間達の一人か。
そう考えると親近感が湧くな。

177 :名無しさん@3周年:04/03/27 11:24
「たーたーりぃーじゃあー」
これが古来の神道。アニミズムとかわらん。






178 :名無しさん@3周年:04/03/27 11:28
低級な思考しか出来ない西洋人は、そうだね。

179 :処刑ライダー ◆.EDMOUBKE2 :04/03/27 11:30
「ナザレのイエス」は「人の子」、だが、「キリスト・イエス」は
ただの人とは違う、ぞ。

180 :@~ノ國:04/03/27 11:30
新興カルト宗教である国家神道を信じたばつとして
多くの人が死んでいきました。

181 :名無しさん@3周年:04/03/27 11:32
低級な思考しか出来ない人には、低級な神観しかなく、低級な神のお告げしか
立ち現れない。

182 :名無しさん@3周年:04/03/27 11:33
>>179
ただの人よりも妄想が激しい。
幻覚、幻聴など。

183 :名無しさん@3周年:04/03/27 11:38
>>181
君はそうとう高級なようだが、どんなお告げが来るんでつか?

184 :名無しさん@3周年:04/03/27 11:43
>>183
一般の宗教の本を読んでも、(たとえばキリスト教)
それなりの神からのメッセージは感じる。
直接のお告げは特にない。
たくさんある過去から現代のお告げの中の良いものを良いと
感じられない奴は阿呆だ。

185 :名無しさん@3周年:04/03/27 11:43
>>183
「悪魔の仕業だ!」

こんな感じです。

186 :名無しさん@3周年:04/03/27 11:44
悪魔は存在するのでしょうか。

187 :名無しさん@3周年:04/03/27 11:46
>>186
異教徒の神=悪魔

188 :名無しさん@3周年:04/03/27 11:46
文書よりも寺だな。京都の有名寺院でも、東山や西山のある
あたりはうんといい。気分がさわやかになるのです。

並大抵のさわやかさではありません。

189 :名無しさん@3周年:04/03/27 11:53
キリスト教には爽やかさ、爽快感があまりないのではないでしょうか。

仏教は一見暗いです。堂内も薄暗いし。でも外は自然がいっぱいで
緑豊か。暗い堂内で悲しみや願いを御仏に聞いていただいて、
心が鎮まるのです。そうすると、またボチボチ生きていくか、
ということになるのです。

190 :名無しさん@3周年:04/03/27 12:12
>>189
仏教は、日本の気候風土と溶けあっていますからね。
日本人のメンタリティによって、日本式仏教に整えられていると思います。
逆を言うと、日本の仏教が、果たして本当に、本来の仏教なのかどうか、
疑問が残ります。
むしろ、日本式仏教思想、というのが当たっているような気もします。

反面、キリスト教はどうかというと、日本ではまだまだ歴史が浅いです。
それに、一般的に目立つキリスト教は、2ちゃんで話題になっている、
福音派のキリスト教。つまり、宗教原理主義的なキリスト教です。
しかも、福音派のほとんどの教会は、
一般家屋の屋根に十字架を付けただけのような、情けない建物が多い。
同じキリスト教でも、長崎のカトリック教会に行くと、
また全然違う印象を持ちます。

191 :名無しさん@3周年:04/03/27 12:16
汝の敵をコロせ

192 :名無しさん@3周年:04/03/27 12:38
>>188-189
きっとそれは山や樹木など日本の風土が及ぼす効能です。わたしは自然観照によって同じ気分を得ています。
信仰心がないせいかもしれませんが寺やその近くでは逆に苛立ちを感じてしまうのですが...........

193 :名無しさん@3周年:04/03/27 12:40
>>192
まあ、あれだ。
寺の周辺には緑が多いから、森林浴の効果なんだろうな。
反対に、教会がある場所は都会の真ん中ということが多いようだから、
森林浴の効果は期待できないものだと思われ。

194 :名無しさん@3周年:04/03/27 13:33
>>190
福音派なんてないよ。
隣の隣の県から来た福音派がビラ配ったり貼ったりしているけど、
全然広まってない感じ。
教会と言ったらカトリック教会かと思ってしまう。

195 :名無しさん@3周年:04/03/27 13:39
>>194 福音派なんてないよ。

それ!それだよ、それ!
結局、福音派の教会なんて、「どこにあるのでつか?」のレベル。
よ〜く見てご覧。
ごく普通の民家の屋根に、十字架が立ってるから。
で、中から奥さんが出てくる。
バザーの残り物みたいな、古ぼけた服に、化粧っけのない、生活に疲れた顔。
福音派の牧師の奥さんって、ほんと気の毒だよ。
どんなに頑張って伝道しても、少しも人が増えないどころか、
かえって、隣近所からうるさがられ、疎んじられている。
少ない信徒の中に、教会から離れそうな人が出てきたら、
それこそ、あの手この手、脅しスカして必死になってくい止める。
それがまた、悪い評判を産むことに、少しも気がつかず。

福音派って、牧師もその家族も、そして信徒も気の毒だと、つくづく思う。
だって、世間に背を向けたところでしか、喜びが得られないように思えるから。

196 :名無しさん@3周年:04/03/27 13:44
>>195
うん、実に的確な指摘。

197 :名無しさん@3周年:04/03/27 13:57
>>195
ということは、あれだな。
福音派のヒトビトこそが、キリスト教の評判を著しく落としている、ということになるな。

198 : ◆IbYG6dQTTc :04/03/27 14:09
>>195
>>世間に背を向けたところでしか、喜びが得られないように思えるから。
世の罪を離れキリストに向かえばいい。

Tヨハネ  新改訳
2:15 世をも、世にあるものをも、愛してはなりません。
もしだれでも世を愛しているなら、その人のうちに御父を愛する愛はありません。
2:16 すべての世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢などは、
御父から出たものではなく、この世から出たものだからです。
2:17 世と世の欲は滅び去ります。
しかし、神のみこころを行なう者は、いつまでもながらえます。
    新共同訳
2:15 世も世にあるものも、愛してはいけません。
世を愛する人がいれば、御父への愛はその人の内にありません。
2:16 なぜなら、すべて世にあるもの、肉の欲、目の欲、生活のおごりは、
御父から出ないで、世から出るからです。
2:17 世も世にある欲も、過ぎ去って行きます。
しかし、神の御心を行う人は永遠に生き続けます。


199 : ◆IbYG6dQTTc :04/03/27 14:13
>>195
>>福音派の教会なんて、「どこにあるのでつか?」のレベル。

福音派の聖書キリスト教会は床面積で日本最大のキリスト教会。
聖書信仰を守って祝福を受けた生きた実例。

>バザーの残り物みたいな、古ぼけた服に、化粧っけのない
Tペテロ
3:1 同じように、妻たちよ。自分の夫に服従しなさい。たとい、みことばに従わない夫であっても、
妻の無言のふるまいによって、神のものとされるようになるためです。
3:2 それは、あなたがたの、神を恐れかしこむ清い生き方を彼らが見るからです。
3:3 あなたがたは、髪を編んだり、金の飾りをつけたり、着物を着飾るような外面的なものでなく、
3:4 むしろ、柔和で穏やかな霊という朽ちることのないものを持つ、
心の中の隠れた人がらを飾りにしなさい。これこそ、神の御前に価値あるものです。
3:5 むかし神に望みを置いた敬虔な婦人たちも、このように自分を飾って、夫に従ったのです。
3:6 たとえばサラも、アブラハムを主と呼んで彼に従いました。
あなたがたも、どんなことをも恐れないで善を行なえば、サラの子となるのです。
Tテモテ
2:9 同じように女も、つつましい身なりで、控えめに慎み深く身を飾り、
はでな髪の形とか、金や真珠や高価な衣服によってではなく、
2:10 むしろ、神を敬うと言っている女にふさわしく、良い行ないを自分の飾りとしなさい。
2:11 女は、静かにして、よく従う心をもって教えを受けなさい。
2:12 私は、女が教えたり男を支配したりすることを許しません。ただ、静かにしていなさい。
2:13 アダムが初めに造られ、次にエバが造られたからです。
2:14 また、アダムは惑わされなかったが、女は惑わされてしまい、あやまちを犯しました。
2:15 しかし、女が慎みをもって、信仰と愛と聖さとを保つなら、子を産むことによって救われます。



200 :名無しさん@3周年:04/03/27 14:13
>>198
社会に不適合だから、自己陶酔に陥ってるんじゃないでつか?

201 : ◆IbYG6dQTTc :04/03/27 14:18
>>200
世人は罪の欲望の中に生きているのだから、
距離をおかなければならない時もあるでしょう。

けれども、この世に対して十字架の福音を宣べ伝える使命を与えられた者が、キリスト者です。
救われた福音派も聖霊派もいなくなれば誰が伝道するのでしょうか。






202 : ◆IbYG6dQTTc :04/03/27 14:19
>>195
田舎の教会だと必ずしも経済的に裕福でない場合はあるけれども、
それでもイエス様に愛され、主に与えられた家族を愛する牧師家庭がある。
クリスチャンホームの祝福。




203 : ◆IbYG6dQTTc :04/03/27 14:23
それに、開拓伝道からはじめれば、
リベラル諸派のように信仰の無い者が牧師になってしまうこと無いだろう。
信仰が無ければすぐにギブアップしてしまう。





204 :名無しさん@3周年:04/03/27 14:25
>>201
>救われた福音派も聖霊派もいなくなれば誰が伝道するのでしょうか。

前から指摘しているけど、それが福音派の大きな間違い。
自分たちだけが正しいキリスト教で、自分たちだけが福音を正しく伝えていて、
自分たちだけがキリストから伝道を委託されていて・・・

日本福音同盟の加盟教会だけが、正しい教会でしょうか。

205 : ◆IbYG6dQTTc :04/03/27 14:28
>>204
主イエスのみを救い主と告白し、伝道する教会が正しい教会です。
誰でもイエス様を自分の罪の身代わりとして死なれ、よみがえらえた、
救い主、主と信じ、告白するならば救われる。救いに教派は関係ない。
ただ、福音派と聖霊派は救われた者の集まりです。救われてない者は洗礼を受けられない。
これは信仰の無い者のサークルではない。






206 :名無しさん@3周年:04/03/27 14:29
>>202-203
そうやって、自己満足の中で頑張っていてください。
躓きにしかなってないことに、いつまで経っても気がつかない方々。
福音派が伝道した人よりも、躓かせた人の方が、遙かに多い。

私はリベラルではありませんが、しかし、意固地な福音派にはなりたくありません。
パウロも、ギリシャ人にはギリシャ人のようになった、といっています。
地域に住む人に、本気で福音を伝えたいと願うなら、
まず地域社会の中でみんなと仲良く暮らすことから始めるべきです。
地域の人たちと衝突し、嫌われ疎んじられながら、
伝道集会や、クリスマスの時だけ、笑顔でトラクトを配ってみても、
バカにされるだけです。怒りをかうだけです。

   そして、あなた方の故にバカにされているのは、キリストなのです。

207 :名無しさん@3周年:04/03/27 14:30


閑古鳥の鳴いてる カトリック教会もいぱ〜ぃありまつ。。
司祭不足もおおきな問題 信徒のカトリック離れも深刻でつ(つД`)・゚・  


208 :名無しさん@3周年:04/03/27 14:32
>>205
だから、聞いてるでしょう?
福音派、聖霊派だけが、正しい教会なのですか?
福音派が犯す過ちは、赦されても、
それ以外の教会が犯す過ちは、赦されないのですか?
福音派と言うだけで、決して間違いのない、正しい教会を形成していると言えますか?

福音派の教会、福音派の牧師の中には、
とんでもない間違いを犯す人、教会もあります。
違いますか?

福音派には、悔い改めがないんです。
自分たちは、絶対に正しいと主張する。

何度も言います。私はリベラル派ではありません。
むしろ、リベラルはキライです。
キリスト教とは思っていません。
しかし、彼らには、自分たちのことを客観的に見る目があります。
そのことだけは、見習いたい。

209 :名無しさん@3周年:04/03/27 14:42
>>201
> けれども、この世に対して十字架の福音を宣べ伝える使命を与えられた者が、キリスト者です。
> 救われた福音派も聖霊派もいなくなれば誰が伝道するのでしょうか。

ご心配なく、長老派もルター派も聖公会もカトリックもオーソドクスも伝道しますので。
ついでにいえば、十字架の福音を伝えるところは沢山あるんで、おたくの用はありません。
ご復活の福音をあくまで解くのは東方に限られますが。(いつから贖罪論中心に化けたん
だ? 異端な西方は)

210 : ◆IbYG6dQTTc :04/03/27 14:44
>>福音派、聖霊派だけが、正しい教会なのですか?

そうは言っていない。教派はどうあれ、イエス様を自分の罪の身代わりとして死なれた救い主、と、
信じるものは救われています。

>福音派と言うだけで、決して間違いのない、正しい教会を形成していると言えますか?

そうは言わないが指導者は神が立てられた権威なので非難してはならないと思う。

>福音派の教会、福音派の牧師の中には、とんでもない間違いを犯す人、教会もあります。違いますか?

ダビデもそうだった。


211 : ◆IbYG6dQTTc :04/03/27 14:47
>>206
>まず地域社会の中でみんなと仲良く暮らすことから始めるべきです。
>地域の人たちと衝突し、嫌われ疎んじられながら、

使徒行伝の伝道を見ても偶像崇拝を批判している。
まわりの日本人たちが地域の行事と称して偶像崇拝を強要してくるならば、
信仰を守るために戦わなければならない時もあるだろう。
仲良く偶像崇拝してもはじまらない。

212 :名無しさん@3周年:04/03/27 14:48
>>209
贖罪論中心主義的基督教は、カトリックが親玉かな?
プロにはバラエティに富んでるし。
例えば、ペンテコステ派なんてのは、それこそ聖霊降臨中心主義的基督教で、
結構異端的要素がふんだんに盛り込まれている。

213 :名無しさん@3周年:04/03/27 14:55
>>210
>教派はどうあれ、イエス様を自分の罪の身代わりとして死なれた救い主、と、
>信じるものは救われています。

ではなぜ、福音派以外の教会を、切り捨てるような発言ばかりをなさるのですか?
教派は違っていても、聖書信仰をもつ教会は、あります。

>そうは言わないが指導者は神が立てられた権威なので非難してはならないと思う。
まさしくご指摘の通りでしょう。
けれども、間違いを指摘することは、大切なことではありませんか?
指導者といえども、間違うことはあります。
それさえ出来ないとなると、あなた方が嫌っている、カトリックの教皇無謬と同じになりませんか?
間違いを指摘した後は、主に委ねて祈ることが、大切だと思います。

>>211
偶像礼拝のことを言っているのではありません。
そんなこと、主の教会なら絶対に避けるべきです。
私がいいたいのは、例えば、礼拝に来た人の車が、そこら中に違法駐車している。
それを注意した隣近所の人を、牧師が非難したり、騒音問題で話し合おうとしても、
全然相手にしなかったり、そういう態度があるではないですか。
そのことを言っているのです。

214 : ◆IbYG6dQTTc :04/03/27 14:56
>>209
>長老派もルター派も聖公会もカトリックもオーソドクスも伝道します
JEAの中にも長老派、ルター派もいるし、
聖公会の中の福音派であるジョン・ストット師を
JEA日本福音同盟は第二回伝道会議か何かの時に招いた。
マクグラスの定義によればカトリックの中にさえ福音的で福音派と言い得る人はいる。
ただし、日本では通常エキュメニカルに対しての福音派、
信仰的自由主義(リベラル)に対して福音主義を使う。

>ご復活の福音をあくまで解くのは東方に限られますが。(いつから贖罪論中心に化けたん
>だ? 異端な西方は)

どういう意味ですか?

215 :名無しさん@3周年:04/03/27 14:58
>>214
福音派と福音主義と、分けてください。
日本語では、両者ははっきりと区別されています。

福音派は、ローザンヌ誓約に準拠する信仰をもつ教会、信徒。
福音主義は、カトリックに対してプロテスタント諸派を指す言葉として用いられています。

216 :名無しさん@3周年:04/03/27 15:00
>>214
ほら、やっぱりJEAが出てきた。
それがイカン、と言ってるのですよ。

217 : ◆IbYG6dQTTc :04/03/27 15:03
>>215
福音主義信仰を守る者が福音派です。

プロテスタントといいながら、福音主義信仰を棄てた(あるいは生ぬるくした)者らが、
リベラル、エキュメニカル諸派です。

英語では福音派も福音主義もEvangelicalです。
マクグラスが来日した時の通訳もEvangelicalを時に応じて福音派、福音主義と訳していました。




218 :名無しさん@3周年:04/03/27 15:06
>>217
英語は知ってますよ。
英語の話ではなくて、日本語の話。
あなた、今日本語で私と対話してくださっているんでしょう?
だったら、日本語での言葉の定義を基本にすべきではありませんか?
福音主義と言ってしまうと、あなたや私が嫌いなリベラルも、
含まれてしまう可能性がありますから。

>福音主義信仰を守る者が福音派です。
しかしあなたは、福音派=JEAという図式をお持ちではないでしょうか。
私は、それは違う、といいたいわけなんです。

219 : ◆IbYG6dQTTc :04/03/27 15:06
>>213
>ではなぜ、福音派以外の教会を、切り捨てるような発言ばかりをなさるのですか?
>教派は違っていても、聖書信仰をもつ教会は、あります。

「教派は違っていても、聖書信仰をもつ教会は」マクグラスの定義によっても
福音派とみなされうるのではないですか。

>それさえ出来ないとなると、あなた方が嫌っている、カトリックの教皇無謬と同じになりませんか?
>間違いを指摘した後は、主に委ねて祈ることが、大切だと思います。

これはおっしゃるとおりです。

>偶像礼拝のことを言っているのではありません。
>そんなこと、主の教会なら絶対に避けるべきです。

失礼しました。まともなクリスチャンだったようですね。

>私がいいたいのは、例えば、礼拝に来た人の車が、そこら中に違法駐車している。
>それを注意した隣近所の人を、牧師が非難したり、騒音問題で話し合おうとしても、
>全然相手にしなかったり、そういう態度があるではないですか。

はい。これは吟味する必要があるでしょう。

220 :名無しさん@3周年:04/03/27 15:10
アルフークさん、本当のことを言われて
ものすごーく口惜しそうでつね(わらわら

アルフークさんの奥さんになるひとも
疲れ果てた生気のない顔にみすぼらしい身なりで
信者から恵まれたわずかばかりのお金で
稼ぎのない旦那に子沢山な家庭を切り盛り
させられるのでつよね(T.T)おくたんが可哀想。

221 :名無しさん@3周年:04/03/27 15:13

プロテスタントを大まかに分けると こんな感じ(・∀・)??


聖霊派・・・ ペンテコステ派、カリスマ派(単立が多いかんじ)
福音派・・・ ルター系、メソジスト系、きよめ派系、聖公会(聖霊派以外の教派) 

222 : ◆IbYG6dQTTc :04/03/27 15:14
>>218
>福音主義と言ってしまうと、あなたや私が嫌いなリベラルも、
リベラルは驚きあきれたことに自分らを「福音主義教会」と呼ぶことがあるらしい。

>しかしあなたは、福音派=JEAという図式をお持ちではないでしょうか。
>私は、それは違う、といいたいわけなんです。

ローザンヌ、第二ローザンヌ-マニラ会議でも狭い意味での福音派から、聖霊派までの出席があった。
しかし、日本の福音派は聖霊派に対して警戒心が強かった。本田師らは聖霊派色が強いというので
抗議しようとしたという。世界的な潮流から見れば福音派の中に聖霊派も含むのに、
日本の福音派は聖霊派と距離がありすぎると思う。JEAはカリスマ条項を削除したが、
まだその体質が改善されたわけでもないのではないか。
JEAは無謬ではないがひとつの基準というかものさしになる。

















223 : ◆IbYG6dQTTc :04/03/27 15:15
またスペースをあけすぎた。用事がある。それでは。

224 :名無しさん@3周年:04/03/27 15:18
>>219
<「教派は違っていても、聖書信仰をもつ教会は」マクグラスの定義によっても
>福音派とみなされうるのではないですか。

なるほど、了解しました。
私は、JEAだけが福音派、ということを、
あなたが主張しておられると思っていました。
しかし、リベラルな教派の中にも、「バアルに膝をかがめない」人々を、
主は残しておられる、と信じてます。
たぶん、私もその一人です。

私は、そろそろ行きます。
お互い、主の御名を汚すことがないように、励みましょう。

明日もまた、お互いの教会が豊かに祝福されますように。

225 :名無しさん@3周年:04/03/27 15:19
自然の肯定と罪を強調せず恩寵に力点をおくことだと思う。

日本宗教史上珍しく罪と対決した親鸞の場合ですら、弥陀の慈悲と不可分だったし、
その後継としての真宗の教義においては罪は著しく背景に退いてしまい弥陀の慈悲に
よる往生が専ら強調されてしまう。 これからもわかるように、日本の精神風土に罪
概念はなじまないのだと思う。

対して、覚者としてより法身・報身としての仏である、大日や阿弥陀に遥かに日本人
の多くが帰依したことからしても、実は超越神にはそれほど日本人は違和感を感じな
いのではないだろうか?

あと如来蔵思想や本覚思想が根強い事からしても、他者なるキリストよりは我が内に
生きるキリストを強調した方が、日本人には向いていると思う。

226 :名無しさん@3周年:04/03/27 15:24
日本人に浸透しない理由は、このスレを読めば良くわかる。

227 :名無しさん@3周年:04/03/27 15:25
>>214
キリストの福音の中心を、十字架の贖罪に置く立場と、黄泉下りによる悪魔への勝利に
置く立場と、復活による世界の更新・不死と人間神化の可能性の到来に置く立場とがあ
るでしょう?
そのうち、復活に比べて二次的な十字架の出来事の方を西方教会はいつのまにか中心に
据えてしまったんですよ。まぁ、書簡をよんでも、そういう救済論があることは確かで
すが、贖罪が最重要なら復活と昇天なんか必要ないエピソードになるでしょう? それ
でいいんですか?

228 :名無しさん@3周年:04/03/27 15:31
>>221 そのとおり! 大別すると聖霊派と福音派しかありません


>聖霊派・・・ ペンテコステ派、カリスマ派(単立が多いかんじ)
>福音派・・・ ルター系、メソジスト系、きよめ派系、聖公会(聖霊派以外の教派)

229 :名無しさん@3周年:04/03/27 15:40
>>217
>プロテスタントといいながら、福音主義信仰を棄てた(あるいは生ぬるくした)者らが、
>リベラル、エキュメニカル諸派です。
実はリベラルからみても、こういう連中は迷惑なんです。
リベラルだと思って付き合ってみると、福音主義という結論が先ずありきだから
結局一皮剥けば、教条的・福音派的なんですよね。



230 :名無しさん@3周年:04/03/27 15:50
>>225
概ね同意だなぁ・・・。ただ、いずれの行も及びがたき身、
という自覚がまったくないと、弥陀の本願をいくら聴いても
ちっとも有難くないんだよね。

231 :名無しさん@3周年:04/03/27 15:52
>>227
そうそう。でも最近は日本のカトリックは復活も強調する動き
があるようです。
I教会の新しい聖堂のイエス像も
復活のキリストですし。。

232 :名無しさん@3周年:04/03/27 16:02
福音派 → 新改訳聖書


233 :名無しさん@3周年:04/03/27 16:24
>>231
最近のカトリックは託身・受難・復活のバランスが随分よくなっていますよね。

ちなみに、受難がひたすら重要なら復活祭やめて聖金曜晩祷に重きを置けば?
とプロテスタントの一部に対しては思ってしまう。

234 :名無しさん@3周年:04/03/27 18:04
「活けるキリスト一麦の群れ」
っていう教会に行こうかなぁと
思ってるのですが、ここって
どうですか?普通の教会ですか?

235 :名無しさん@3周年:04/03/27 18:46
>>234
やめておけ
何だか知らんが普通にカトリックに行ったほうが安全だ
プロテスタントは危ないカルトが普通に存在するから

236 :名無しさん@3周年:04/03/27 21:40
プロテスタントがお好きなら、最初は日本基督教団をお奨めします。
日本基督教団なら教義・教理的に緩やかですし、献金・奉仕で潰されることもありません。
暫く信仰生活を続けてみて物足りないと思えば、自己責任で福音派にでも、聖霊派にでも
転会されれば済むことです。最初から偏ったキリスト教を選択されるのはお止めください。
赤ちゃんの離乳食に唐辛子を食わせたりはしないでしょ?

237 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/27 21:49
>>225
「全世界は悪しき者の配下にあることを、知っている。」ヨハネ第一 5
「世間は妄執によって導かれる。世間は妄執によって悩まされる。妄執という一つのもの
に、一切のものが従属した。」ブッダ

 イエスはさまざまの病苦と悪霊に悩む人々をいやし、また多くの盲人を見えるようにし
 ておられた。また、多くの財産のある者に、貧しい者に分けてやりなさいと言われた。

地上で義なる天を現されたイエス・キリストをまことの人として信じることです。
不義な地上と、自分自身の罪を認め、悔い改めのこころによって、罪の身代わりとなって
苦しんで死なれたイエス・キリストをあがなうことによって義とされるのです。

罪を強調せず信仰させることは、悔い改めのこころを持たず、自分を愛するこころを助長
する信仰になるのです。自分を愛するこころはこの世だけで、命の国につながることはあ
りません。

238 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/27 21:50
イエス・キリストが罪の身代わりとなって死なれる以前は、一切の所有物を捨て去り、神
が創造された自然の中で瞑想し、原罪なき状態にならねば義とされることはなかった。
 
 神のように善悪を知り、人が賢くなってから罪人となった。−創世記より
 「あなたは覚った人です。あなたは師です。あなたは悪魔の征服者です、あなたは煩悩
 の潜在的な可能力を断って、みずから彼岸を渡りおわり、またこの人々(修行僧)を修
 行により渡すのです。麗しい白蓮華が泥水に染まらないように、あなたは善悪の両者に
 汚されません。」ブッダのことば
 
修行により罪なき者となり、「慈しみのこころを起こすべし」とブッダは言っておられる
が、単に何かの慈悲に頼れとは言ってはいない。また、「ねがい求める者には、欲念があ
る。」とも言っておられる。イエス・キリストが祈れと言っておられることは、人々の平
安のために祈れということであり、ブッダの「一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、
安穏であれ、安楽であれ。」に通じる。 

239 :名無しさん@3周年:04/03/27 21:53
>>234
そこの神戸の教会のコヤスという名の牧師が
阪神淡路大震災の折、布教とか、福音派とか関係なく
ボランティアでよく働いておられました。
日本一の床面積!とか自慢する福音商法的な団体では
ないと思います。多分。

240 :名無しさん@3周年:04/03/27 23:08
>>235
カトリックのほうがヤバくね?(^_^;)

241 :質問箱よりコピペ:04/03/27 23:17
535 :名無しさん@3周年 :04/03/27 23:10
>>530
ttp://hccweb1.bai.ne.jp/ichibaku/

↑ここの教会だけHPがあります。。。
他はないみたいっす。

242 :名無しさん@3周年:04/03/27 23:19
>>241
コピペかよっ!(w

243 :名無しさん@3周年:04/03/27 23:59
無教会主義は誤っていると思いますけれど、師弟の信頼関係を重んじるという
スタンスは、日本人の宗教観に合致すると思います。しかし、監督制や定年制
の教派では、神父や牧師の異動が避けられないから、せっかく築いた全人的交
わりが断たれてしまい、最悪、教会を離れることになります。
名前出していいのかな? メソジスト神学者の野呂先生っておられますが、師
が私塾を開いていて、会費を出して学びと祈りの場に加わるというのが、日本
人にふさわしいキリスト教のあり方として、最も妥協できるものではないかと
思います。
もう一つは、改革派神学者の加藤常昭先生みたいに、積極的に出版や講演を行
なって、一方的ではあるけれど、加藤先生を師と仰ぐ人の信仰を潰さないよう
フォローしていく方法。

244 :名無しさん@3周年:04/03/28 00:04
いのちのことば社の本を読んでキリスト教に関心を持ち
教会(日基教団)の門をたたいてみると…
もっとちゃんとした教会を探します

245 :名無しさん@3周年:04/03/28 00:08
福音派は日本人に合わない

246 :名無しさん@3周年:04/03/28 00:10
どの教会が福音派なのか素人には分からないのでリストアップしてくれ

247 :名無しさん@3周年:04/03/28 00:14
>>246
JEA会員↓。確実に福音派か福音派的な聖霊派。
http://www.jeanet.org/about/member.htm

248 :名無しさん@3周年:04/03/28 00:17
福音派は新改訳聖書を使ってる

249 :名無しさん@3周年:04/03/28 00:19
天地創造が7日間で本当に行われたと旧約聖書を文字通りに解釈する団体が福音派

250 :名無しさん@3周年:04/03/28 00:22
給料の十分の一を献金しろと言うのが福音派

251 :名無しさん@3周年:04/03/28 00:25
>>247
ありがとう
一覧のリンク先を見たら気分が悪くなったので吐いて来ます

252 :名無しさん@3周年:04/03/28 00:33
>>251
なんか地味そうな教会もあるけど
十分の一を要求されるのか???

253 :名無しさん@3周年:04/03/28 00:36
要求するところもあるから気をつけたほうがいい

254 :名無しさん@3周年:04/03/28 00:37
ちなみにバプテストなどは異端

255 :名無しさん@3周年:04/03/28 00:39
福音派では教会員30人ぐらいで一つの教会を維持しているところも多い。
献金負担が大きいのは当たり前。牧師も決して楽をしているわけではないようだ。

256 :名無しさん@3周年:04/03/28 00:41
教義があまりにも常識からかけ離れてるので30人しかいない

257 :255:04/03/28 00:42
漏れはカトリックね。念のため。

258 :256:04/03/28 00:50
漏れもカトリック

259 :俺もいちおうカトリック:04/03/28 00:51
カトリックばかりだな

260 :255:04/03/28 00:54
わざと少人数で細胞分裂的に教会を増やしていく方針のところもあるようだ。

261 :259:04/03/28 00:55
そのほうが参加意識が高まるからでは?

262 :255:04/03/28 00:56
>>261
多分そうなんでしょうね。アリの巣ではないですが。

263 :256:04/03/28 00:59
そして自教会主義に陥り他教派を排斥する

264 :名無しさん@3周年:04/03/28 01:06
>>263
或る福だ!

265 :ラストウィーク:04/03/28 01:21
俺はプロテイン

266 :名無しさん@3周年:04/03/28 01:49
ヨハンを駆除してください。
お子さまとはいえ頭が悪いのにもほどがあります。

267 :名無しさん@3周年:04/03/28 07:34
>いのちのことば社の本を読んでキリスト教に関心を持ち
>教会(日基教団)の門をたたいてみると…
ここまではおれも同じだが、そのあとが違う。
いのちのことば社や羊群社はすべて廃棄しました。
愛読していたことは周りに秘密にしています。恥かしい過去として。

268 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/28 09:22
永遠の命の国は、苦しんでいる者、困っている者、富んでいる者、貧しい者別なく皆平等
に分け隔てなく喜びに満ちている。また、自分の損得、有不利益関係なく、気に入る気に
入らない別なく、互いに愛し合っている。誰でも、誰かを責め立てることなく、裁くこと
なく、ゆるしあってる世界なのです。また、この世のものを欲するこころは何もなく、思
い煩いもない。もし、人々からしてほしいと望むことがあるなら、人々にもそのとおりに
せよ、自分を愛するようにあなたの隣人を愛せよ、と平安に導く律法と大事ないましめを
語られたイエス・キリスト。

 御言で永遠の命の国を現し、また平安に導くいましめを語られ、御名があがめられ、み
 こころが天に行われるとおり、地にも行われるようこころから祈り求める者は、悪しき
 者から救われ、永遠の命に至るでしょう。
 
真理を愛するから、永遠の命の国に入るのです。多くの人々が、イエス・キリストを信じ、
この地上も更なる平安を願うから平安の国に入るのです。イエス・キリストが永遠の命に
至る道なのです。

269 :名無しさん@3周年:04/03/28 11:46
昨日、フラフラとブルセラショップにはいっていくヨハンを見ました。
うわさどおり、ほんとにばかっぽかったです。

270 :名無しさん@3周年:04/03/28 15:07
>>243
>師弟の信頼関係を重んじるというスタンスは、日本人の宗教観に合致すると思いま
>す。しかし、監督制や定年制の教派では、神父や牧師の異動が避けられないから、
>せっかく築いた全人的交わりが断たれてしまい、最悪、教会を離れることになります。
プロテスタント固有の問題だね。カトリックでは、司祭との人間関係や説教などを通じ
ての思想的影響関係より目に見える秘蹟としてミサ重視だから、それほど司祭の移動は
問題にならない。というか、全人的交わりを作れるほど、信徒対司祭比が小さくないか
ら無理。

271 :名無しさん@3周年:04/03/28 16:39
天皇陛下=キリスト様

272 :名無しさん@3周年:04/03/28 17:35
>>256
> 教義があまりにも常識からかけ離れてるので30人しかいない
いや福音派系は教派が乱立してそれぞれが教会をたてているので少人数になる
あれまとめて福音派教会にして一市町一教会にしたら100人くらいは楽にいくよ
うな気がする


273 :名無しさん@3周年:04/03/29 22:53
漏れは今トイレにいる・・・
しかし、いざクソをしてみると紙がない・・・
思わず漏れは神に祈った・・・
だが、何も起きない。起きる訳がない・・・
漏れは神よりトイレ紙の方がよっほど有り難い物だと悟りつつあった・・・

274 :名無しさん@3周年:04/03/29 22:55
>>273
そんなの手で拭けばいいぢゃん(w

275 :名無しさん@3周年:04/03/29 23:02
>>272
100人規模になれば、まとまらず金銭トラブルで分派するに決まってるだろw

276 :名無しさん@3周年:04/03/30 03:17
福音派の牧師は金が目当てなんだよ!

277 :名無しさん@3周年:04/03/30 03:28


カトリックは日曜日はスポーツも禁止らしい。

1 :擬古牛φ ★ :04/03/29 22:17 ID:???
★ローマ法王、「日曜は遊びの日にあらず」

 バチカン──ローマ法王ヨハネ・パウロ2世(83)が27日、バチカンを訪問中の
オーストラリア司教団に対し、日曜日は神のための日であって、スポーツや娯楽の
日ではないと述べ、世俗主義に抵抗するように説教した。
 法王は、「日曜日が本来の意味を失い、娯楽やスポーツなどを行う『週末』といった
世俗的な概念しか持たなくなれば、人々は狭い視野から動けなくなり、もやは天国を
見ることはできない」と述べ、「現世主義」的な風潮を批判。「モラルの混乱とあいまい
な考えから、人々を導くように」と教会幹部を諭した。



278 :名無しさん@3周年:04/03/30 04:18
ちがうよ。正しい記事をよく読んでみなされ。>>277は国語が苦手のようだが。
本来の意味を失わなければ、つまり世俗主義にならなければ良いんだよ。
つまり下記のような事

教皇ヨハネ・パウロ2世は、26日、オーストラリアの司教らとお会いになった。
同国司教団は、定期訪問のため15日よりバチカンを訪れていた。

訪問最終日、教皇は司教らにおくられた挨拶で、今日の同国の社会に見られる
世俗主義の拡大を指摘され、その結果としての行きすぎた個人主義、家族の意
味の希薄化、教会離れなどに憂慮を示された。

そして、こうした状況に対し、司教は勇気ある預言者、キリストの希望の証し
人として、人々を倫理的混乱の中から導き出さなくてはならないと説かれた。
また、教皇はオーストリアにおける移民・難民や先住民族の人権を守るため、
教会は率先して社会に連帯の精神を呼びかけていくようにと司教らに願われた。


279 :名無しさん@3周年:04/03/30 04:23
>>278
わざわざ敬語に変えて、都合のいいように解釈ご苦労さん。
それでも「ミサのあとはスポーツをしてよい」とは一言も言ってねーよ。
日曜日はレジャーもスポーツもダメ、と言ってるんだろ。

しかしおまえ見たいのがいるから、今の法王さんも安心して暴言が吐けるんだな。
ひどい組織だ。


280 :名無しさん@3周年:04/03/30 04:36
>>279
そうか野郎に言われたかねーよ。

281 :名無しさん@3周年:04/03/30 04:54
>>280
俺はプロだがな。
最近カトは都合の悪い事はみんな層化のせいにしてるようだが、
こんな法王(教皇なんて言ってやらないぞ)をもって日曜にスポーツも出来ない皆さん、
自業自得です。

っつか、法王と池田とどこが違うんだかさっぱり分からん。
信者はお話を伺えると涙がこぼれるんだろ?
金儲けと隠蔽体質もそっくりだ。似た者同士。


282 :名無しさん@3周年:04/03/30 05:37
普通に求心力がなくなることを憂いてるだけでしょ。
どの宗教にも属してないけど、ローマ法王の言ってることはわかるぞ。

つうか、これをもってスポーツ禁止、自由を束縛と捉えるなら、プロテスタントであれ
世界観を固定するであろうクリスチャンでいられ続けられる事の方が不思議なんだが。

283 :278:04/03/30 05:52
>>281が見た記事はどこから入手しましたか。
>>278はバチカン放送からです。

284 :名無しさん@3周年:04/03/30 05:53
どっちにしろプロには関係ないから去れ

285 :名無しさん@3周年:04/03/30 05:54
アマには関係あるから去れない、すまん。

286 :名無しさん@3周年:04/03/30 06:04
>>282
自分でも不思議なくらいだ。
まぁ心の支えがないと生きていけない人間なのさ!

287 :名無しさん@3周年:04/03/30 06:11
>>282
ニュー速で祭りになってるがな。CNN だよ、ソースは



288 :名無しさん@3周年:04/03/30 06:14
>>286
わらた。
それなら、一軒理不尽に感じられる発言の意味も斟酌できるでしょw

あんた、妙なところで素直っぽそうで面白いな。

289 :282=288:04/03/30 06:21
>>287
知ってるよ。流し読みはしたし。
あそこで祭りになると、なんかあるの?

290 :名無しさん@3周年:04/03/30 06:26
べつに。
Negative でも Publicity には違いないだろ、カトにとっては。
こっちは一緒にされたくないだけさ。
「キリスト教って日曜にスポーツも禁じてるんだ」って思われると迷惑なだけ。
カトはそれでもいいんだろうがね。パパ様のお言葉なら(カカカ


291 :名無しさん@3周年:04/03/30 06:32
>>290
どの道層化には関係ないよ。

292 :282=288:04/03/30 06:36
>>290
カトリックどころか、どこの宗教にも属してないって書いてるのに、なんだかなあ。
ただ分かるってだけで、俺にはどうでもいいっちゃどうでもいいよ。

293 :名無しさん@3周年:04/03/30 06:38
>>290
俺さんもプロを自称してるからね。言うのはタダ。

294 :名無しさん@3周年:04/03/30 08:51
ていうか、日曜は礼拝の後は、会議とバンドの練習で一日教会の中で過ごす
のが正統聖書信仰だから...

295 :名無しさん@3周年:04/03/30 11:07
スポーツよりカレーライスと会議。これ最強。

296 :名無しさん@3周年:04/03/30 11:10
あ、あと日本人に合ったキリスト教=浄土真宗


297 :名無しさん@3周年:04/03/30 11:12
>>296その通り

298 :名無しさん@3周年:04/03/30 11:20
自作自演

299 :名無しさん@3周年:04/03/30 11:21
自業自得

300 :名無しさん@3周年 ◆sZB.aOJsOg :04/03/30 11:25
尸位素餐

301 :名無しさん@3周年:04/03/30 16:04
セックスとスポーツとスクリーン

302 :名無しさん@3周年:04/03/30 16:05
コンドームに合ったちんちん

303 :名無しさん@3周年:04/03/30 16:12
イエスは倭人

304 :名無しさん@3周年:04/03/30 16:40
カトリック荒らしに必死だな
スポーツ禁止されてそんなに恥ずかしいか。


305 :名無しさん@3周年:04/03/30 17:26
>>304は似非プロ。日曜日は教会で奉仕だ。

306 :名無しさん@3周年:04/03/30 17:29
その通り>>305
教会学校、礼拝、愛餐、○×委員会、▲会議と
朝から日が暮れるまで教会敷地で過ごす。

307 :名無しさん@3周年:04/03/30 18:55
日曜日

×スポーツ
×レジャー
▲パチンコ
△競馬
○セックス
◎妄想

308 :304:04/03/30 20:13
>>305-306
当たり前だ。
俺も主日は教会学校からスタートだ。
レジャーやスポーツに裂こうと思えば避ける時間を
礼拝と奉仕に当てている、喜んでな。
それと「日曜にはスポーツやレジャーはしてはいけない」とは大きな違い。

スレタイ的に言えば今度の法王さんの発言は
「キリスト教は日本人には合わない」と間違って取られる可能性もある。
はっきり言って迷惑なのはそれ。
ニュー速見ろ、法王ネタで滅多に2スレはいかないもんだが、
カキコはみんなキリスト教を全部ひっくるめて叩くものばかり。


309 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/30 21:16
盲人は見え、足なえは歩き、らい病人はきよまり、耳しいは聞こえ・・・・・・・・・
多くの財産を持っている人に、貧しい人々に分けてあげなさいと言われたイエス・キリスト

 それらは、天で行われていることなのです。イエス・キリストをあがなうことで、人
 は義とされるのです。
 
人は自分を思うが故に信仰を持ったり、その他さまざまな思いで信仰をするが、罪なき所
は天です。それを現された方を、まことの人、主と告白することで救われるのです。

310 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/30 21:18
>>296
たとえ、何かを拝もうと、念仏を唱えようと、自分が助かろうとする思いしかきていません。
読経しようと、命の世界の思いはないのです。それどころか、何かを唱えようと自分を思う
気持ちが増すばかりです。なぜなら、命の世界が見えてないからです。そのように、人の貪
欲を増し、また、命にない世界を深く信じることによって、永遠の命から遠ざかる。

命の世界は、イエス・キリストが現されました。御言でも語られました。そして、自らあが
ないの対象になられたのです。その慈悲深い天の父と、天をまことの国として敬うなら、人
は死から命に移っているのです。

そして、その慈悲は、「主よ、主よ」と言って慈悲を受けるものではなく、信じる者に慈悲
認めさせる慈悲なのです。阿弥陀仏の慈悲にすがるたぐいのものではありません。


311 :名無しさん@3周年:04/03/30 21:23

阿弥陀仏の慈悲にすがるのではなく、

すでに私のうちに弥陀の本願が働いていると気付くんですよ。


312 :名無しさん@3周年:04/03/30 21:33
あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい

とは人間はみんな一人残らず大切な存在なんだ、ということ。

313 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/30 21:51
イエス・キリストは、誰でもわかり易く、見えるかたちで命の世界を現されました。

この世では、苦しんでいる人々、困り果ててる人々がいます。彼らにこそあわれみ
をかけられたイエス・キリスト。それは、義なる天での神がなされていること。
そのこころを知ることこそが、永遠の命を知るのです。

大乗仏教のように、彼らは過去世で悪いことをしたから、彼らのようにならないよ
う気をつけることなど教える者は、命の世界に入れません。

314 :名無しさん@3周年:04/03/30 22:08
>>308
カトリックの事よりもさあ、信者向けではなて日本国民全体に関わる内容の
ことで、非常に政治的な活動をしている団体があるんだわ。2chでも有名なんだけど。
他人の心配より、そっちの心配した方がいいよ。

315 :名無しさん@3周年:04/03/30 22:25
もうだめだな。日本の基督教。

316 :名無しさん@3周年:04/03/31 00:03
>>314
日本人はカトリックには好感抱いてるのも多いんじゃ?
マザーテレサとかいるし。
それより、政治団体みたいな左翼集団は問題。
キリスト教全般に多い。

317 :名無しさん@3周年:04/03/31 00:20
>>316
実態を知らないからね。
カトリックのシスターに憧れたりするのは知らないからに他ならないよ。
マザーテレサが貧しい人のために働いたのは自分のためだった、
奉仕する対象は何でも良かった、
なんて言ったらびっくりするだろうな。


318 :名無しさん@3周年:04/03/31 01:39
>>314
ニッキの一部のセンセのこと?w
なんか、本人たちは一所懸命みたいよ。
なんつーか、バランス感覚つーか、世間一般の常識とずれてるけどな。
(政治思想関係なく)

319 :名無しさん@3周年:04/03/31 11:49
「幼児が母のふところに抱かれて、乳房を哺[ふ]くんでいるときは、
すこしの恐怖も感じない。すべてを託[たく]しきって、
何の不安も感じないほど、遍満している母性愛の尊きめぐみに、
跪[ひざまず]かずにはおれない。

  いだかれて ありとも知らず おろかにも
    われ反抗す 大いなるみ手に

 しかも多くの人々は、何故にみずから悩み、みずから悲しむのであろう。
すくいの輝かしいひかりの中に、われら小さきものもまた、
幼児の素純なこころをもって、安らかに生きたい。
大いなる慈悲のみ手のまま、ひたすらに久遠の命を育みたい。
――大いなるめぐみのなかに、すべてを託し得るのは、
美しき信の世界である。」

私にはこれも福音に聞こえますが、
みなさんはどう思われますでしょうか。


320 :名無しさん@3周年:04/03/31 12:03
アガペが理性の愛である、ということはよく言われています。
しかし本当にそうなのか。理性の愛、ということは、
感情に反して、知性と意志で自分をして行為せしめる、
ということでしょう。これはイエスの教えなのだろうか?


321 :名無しさん@3周年:04/03/31 12:07

愛の代表選手のような「よきサマリヤ人のたとえ」があります。
これはイエス様ご自身の語りの場面です。迫力があります。
これをみると、「気の毒に思い(33節)」という言葉が使われています。
この語は原語では、「はらわたが痛む」という語だそうです。
これは理性の愛でしょうか?全然違うと思います。
むしろ、このサマリヤ人は理性を使わなかったのです。
逆に、通り過ぎた彼らは、理性を使いました。
だから自分を「守る」ことが出来たのです。

322 :名無しさん@3周年:04/03/31 12:13
イエス様は理性によって生きたのではないと思います。
「理性の愛」はあとの人たちの発明です。
ではなぜ、そんな発明をしたのでしょうか。

「はらわた」痛んで、サマリヤ人のような行為に及ぶ、
そういう心境になるためにどうしたらよいのか、
そこがイマイチ分からなかったからだと思います。

323 :名無しさん@3周年:04/03/31 13:09
>>314
>>318
カトリックの白柳枢機卿って、一時ヘンな裁判に関わってなかった?

324 :名無しさん@3周年:04/03/31 14:43
日本の商家には、日曜だから休みという概念が無いんだな。土曜も仕込みで忙
しいだろうし。教皇さんの発言以前の問題だ。

>>317
禅問答みたいだな。
弟子問うて曰く、マザーテレサの為したる行、これ功徳なりや。
上人答えて曰く、否、功徳無し。利他行これ利己行なり。

325 :名無しさん@3周年:04/03/31 15:48
>>323
どんな裁判?詳細キボンヌ

326 :名無しさん@3周年:04/03/31 16:02
>>324
マザーテレサの真実をこのスレッドで知りました。
ありがとう。

327 :名無しさん@3周年:04/03/31 17:24
死後だけじゃなくて、キリスト教の現是利益を強調するほうが受け入れられる。


328 :名無しさん@3周年:04/03/31 18:10
創価学会との融合

329 :名無しさん@3周年:04/03/31 18:26
>>313
>大乗仏教のように、彼らは過去世で悪いことをしたから、彼らのようにならないよ
う気をつけることなど教える者は、命の世界に入れません。


この事は非常に間違い易く.安易に使う事ではありません。
仏教において三世因果は.あくまで自己に対して諦観する事
即ち明らかに見ること(知ること)であり.他者に対して言う事ではありません。
他者に対して言うことは.其れそのものが罪になるのは明らかです。

330 :#:04/03/31 18:43
>大乗仏教のように、彼らは過去世で悪いことをしたから、彼らのようにならないよ
う気をつける

「彼らは過去世で悪いことをしたから、
彼らの過去世のようにならないよう気をつける」
の間違いじゃないの?
つまり過去世のことなんて誰にもわからないから、
気をつけることなんて何もないわけです。
これはキリスト教徒が仏教を知らずにイメージで輪廻を捉えて、
検討違いの非難を展開しているだけのように思う。

331 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/31 21:17
このように最高の経典を護持する僧たちを迷わす者たちは、生まれながらに盲目となる
であろう。」法華経

盲目となって生まれた人々を見て、彼らは過去世に悪いことをしたからと思いかねない。
永遠の命に至らせる教えは、永遠の命にあるものを受け入れさせる教えなのです。

「一切の生きとし生ける者をあわれむ修行完成者・ブッダに、罪過は存在しない。」
修行完成者でなくとも、イエス・キリストがあわれみを行われ、その方をまことの人とし
て受け入れ、讃美することにより、罪はゆるされるのです。

「盲人は見え、足なえは歩き、らい病人はきよまり、耳しいは聞こえ・・・・・・・・・
わたしにつまずかない者は、さいわいである。」天では、あわれみ深い父がおられ、地上
で父を現されたイエス・キリストを信仰することで義とされるのです。

命につながる信仰とは、天にあるものを受け入れることです。

332 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/31 21:18
「何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。」マタイ
善を学び、それらの危機にうち勝て。〜すなわち「わたしは何を食べようか」「わたしはどこ
で食べようか」「昨夜はわたしは眠りづたかった」「今夜はわたしはどこで寝ようか」―家を
捨てて道を学ぶ人は、これらの四つの憂いに導く思慮を抑制せよ。ブッダ

 何を食べようか、何を飲もうかという思い煩いは、天にはありません。
 
「天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者の上にも正しくない
者の上にも、雨を降らして下さるからである。〜あなたがたも完全となりなさい。」マタイ
「いと高き者は、恩を知らぬ者にも悪人にも、なさけ深いからである。あなたがたの父なる神
が慈悲深いように、あなたがたも慈悲深い者となれ。」ルカ
「上に、下に、また横に、障害なく怨みなく、敵意なき慈しみを行うべし。」ブッダ

 慈悲―この世では、この状態を崇高な境地と呼ぶ(ブッダ) 天では、正しい正しくない、良
 い悪いの識別はありません。慈悲があり、どのような者も慈しむことが修行の最終目的です。

イエス・キリストが私たちの罪の代償として死なれ、人は信仰により義とされ、御言を受け入れ
ることにより、裁かれない者とされたのです。  

333 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/03/31 21:21
「もしも、あなたがたが、人々のあやまちをゆるすならば、あなたがたの天の父も、あな
たがたゆるして下さるであろう。もし人をゆるさないならば、あなたがたの父も、あな
たがたのあをやまちをゆるして下さらないであろう。」マタイ

天は誰も責めることなく、無限にゆるすようなところです。ゆるさないというのは、地上
からであり、罪からです。ゆるさないから、今現在裁かれている。永遠の命を信じて信仰
している者は、死という垣根を取り払って信仰しなければなりません。

天と地はつながっている。ゆるさない者は、肉体を失ってもゆるさないままです。だから、
肉体を失えば、あやまちをゆるす天国には入れない。天にあるものを今受け入れておくこ
と。その最も重要なことが、天の父を現されたイエス・キリストを信じることです。慈悲
深い方を讃美することです。肉体を失えば慈悲深くなる。求めておくことです、求める者
は与えられる。与えることです、そうすれば与えられる。

しかし、何かを唱えることも、読経も永遠の命にはつながらない。それらは、死とともに
なくなるものなのです。

334 :名無しさん@3周年:04/03/31 21:21
>>333
イエス・ブッダのなんとか、っていうご自分のスレで
やってください。

スレの趣旨と違う書き込み内容だと思います。

335 :名無しさん@3周年:04/03/31 21:48
>盲目となって生まれた人々を見て、彼らは過去世に悪いことをしたからと思いかねない。
>永遠の命に至らせる教えは、永遠の命にあるものを受け入れさせる教えなのです。


盲目になって生まれた人々を見て、彼らは過去世に悪いことをしたと思うのは
当たり前だ。だからといって、過去世が悪いから現世で苦しむことは
当然であり、過去世を誰が責めるわけでもなく自分自身がそのように生まれてくる
ことによってバランスを取る。
それを、輪廻の理を表面的にしか理解できない人は、、
過去世を責める必要があると思ってしまうのだろう。

しかし、すでに盲目になって自分自身で責めている人を見たら、
それ以上に責める必要もないし、その権利は誰にもない。

キリスト教徒などは、すぐ人を裁きたがるので、
悪いものは責めるという短絡的な思考しか持っていない。

輪廻は善悪というものを超えて、結果そのものを最善と捉える
肯定的な思考である。
キリスト教は神を信じているようでいて、実は全面的に神を
信用してはいない。悪いものを見たら悪魔のせいにする。
これは裏で悪魔の力を認めているのと同じことである。

そこに気づかないのがキリスト教だが、その善悪観念を
捨てないかぎり、神を知ることはない。
この簡単な理屈がキリスト教徒には決して分からないのだ。

336 :名無しさん@3周年:04/03/31 21:52
>キリスト教徒などは、すぐ人を裁きたがるので、
>悪いものは責めるという短絡的な思考しか持っていない。

聖書を読んだことがあるのか?
病人は、その人が悪かったからでも、その親が悪かったからでも
ない、といっている。イエスは過去・因果説否定なんだが。


337 :名無しさん@3周年:04/03/31 21:54
>>335
>盲目になって生まれた人々を見て、
>彼らは過去世に悪いことをしたと思うのは
>当たり前だ。
どういう思想なんですか?これ仏教?

338 :名無しさん@3周年:04/03/31 21:59

>病人は、その人が悪かったからでも、その親が悪かったからでも
そうですよ。
その人ではないし、もちろん親でもない。
その過去世の行いに、あるのです。

>ない、といっている。イエスは過去・因果説否定なんだが。
因果説は、イエスの説の根幹を成すものです。
よく調べて下さい。

339 :名無しさん@3周年:04/03/31 22:01
それでキリスト教徒はすぐ裁きたがる?ってどこから来るの。

340 :名無しさん@3周年:04/03/31 22:12
>>339
彼らは、人間の判断によって全てにおいて善悪を決めているのですよ

341 :名無しさん@3周年:04/03/31 22:30
>>340もまた裁きたがりだな。

342 :名無しさん@3周年:04/04/01 16:27
どれだけすばらしい言葉を並べようと.現実の歴史を見れば
キリスト教は.血を血で洗う殺し合いの歴史であり.
其の事には.一切目をつむっている。

343 :名無しさん@3周年:04/04/01 20:25
仏教もイスラム教も神道も共産主義もみんなそうだよ

344 :名無しさん@3周年:04/04/01 21:07
ブッシュも小泉もね。

345 :名無しさん@3周年:04/04/01 21:48
>>343
キリスト教が一番ひどいのは明白。合計で何億人殺した?計算してみろ。

346 :名無しさん@3周年:04/04/01 22:06

ブッシュは キリスト教を利用してるだけ イエスの教えや十戒にも違反してまつ 

347 :名無しさん@3周年:04/04/01 22:10
>>346
そのとおり!

348 :名無しさん@3周年:04/04/01 22:11
仏教は規模が小さいから殺した人数も少なくて当然

349 :名無しさん@3周年:04/04/01 22:25
>>345
時代・社会的背景が大きく影響しているのが分かって言っていますか?
世界史もろくに習ってないような人間に発言権なし

350 :名無しさん@3周年:04/04/01 23:03
>>349
社会事象だから、勿論種々の要因が絡み合っているのが当然だが、宗教的確信が
最大の原因であることは明白。宗教被害が見えなくなることが、宗教の恐ろしさ
である。

351 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/04/01 23:47
人は罪人になり、それにより地上は呪われるようになった。さまざまな地上の現象は罪に
よって起こる。過去世に悪いことをして盲人となって生まれたとする思考も、実は罪から
生まれたものです。彼らは悪いことをして盲人となったと思ったなら、罪からきているも
の思いに過ぎません。

罪なきところは天にあり、天にあるものを信仰することによって、人は義とされるのです。
天では、困った者、苦しむ者、富んでいる者、貧しい者がいません。そして、苦しんでい
る人が、苦しまなくなったのを、自分のことのように喜ぶやさしさがあります。
慈愛に満ち溢れ、喜びに満ちた世界なのです。自分を忘れ、自分の所有物のことも忘れ、
人を愛するようなものなのです。人は原罪を背負いそれがわからないのであるが、その罪
の代償となって死なれたイエス・キリストを信仰することにより人は義とされるのです。
なぜなら、天を現されたからです。

悪いことをして盲人になったと思ったなら、そう思わずとも、「みこころが天に行われる
とおり、地にも行われますように。」と祈る人のやさしさが、永遠の命に通じるのです。


352 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/04/01 23:49
永遠の命を信じる者は、生と死はつながってると考えることです。つまり人の信じるここ
ろが永遠の命につながると思ってよいのです。
「子を敬わない者は、子をつかわされた父をも敬わない。よくよくあなたがたに言ってお
く。わたしの言葉を聞いて、わたしをつかわされたかたを信じる者は、永遠の命を受け、
またさばかれることがなく、死から命に移っているのである。」ヨハネ

「盲人は見え、足なえは歩き、らい病人はきよまり、耳しいは聞こえ・・・・・・・・・」
その数多くの奇跡を起こされたイエスを信じ、御言を信じるこころは、そのままその世界
に入るです。「耐え忍んで善を行って、光栄とほまれと朽ちぬものとを求める人に、永遠の
命が与えられ」ローマ人への手紙 御言を信じ耐えるべき時は、耐えることです。

しかし、何かを唱える者、読経する者は死後ないものを信じてしまっているのです。



353 :>346:04/04/01 23:53
キリストの教えには反してるが、十戒には反してないよ。
「汝隣人を殺すなかれ」だろ。
イスラム教徒は隣人じゃないから。

354 :名無しさん@3周年:04/04/02 00:22
>>346
宗教者はいつも「利用された」というが、容易に利用されて熱狂すること自体、
宗教に大きな問題があることを示す。しかも、利用する者、即ち指導者自身が
常に熱心な宗教信者である。宗教は、熱心に信じれば信じるほど、原理主義者
に陥り、人間性に反するという、本質的ヂレンマがある。
ブッシュは、9.11で理由なく殺された自国民の敵を取るため、世界中を敵
に回しても、アフガンとイラクに攻め込んだ。一国の指導者として当然の行為
であり、どこかの国の指導者とは大違い。ブッシュが生命を尊重するからであ
る。彼は出来るだけ殺さないように、最大の努力をしている。理由なき加害者
に対しては決然として報復するのは人間の自然の本能。この本能がなくなれば、
人間が人間でなくなる。応報は最大の教育である。
ブッシュがキリストの教えに反して左の頬を差し出さなかったのは見上げたも
のである。キリストの教えは、人間の本能、従って真の神に反しているからで
ある。
あと「イラク戦争には大義があるか」という言葉ほど幼児的なものはない。戦争
のいずれの当事者にとっても、常に大義があるのは当然ではないか。


355 :名無しさん@3周年:04/04/02 02:11
>>353十戒に反してるよ
教会はあらゆる殺人を認めない。自殺や人工中絶もそうだ。

殺してはならない。 出エジプト記 20:13(新共同訳)
汝殺すなかれ 出エジプト記 20:13(文語訳)

殺してはならない。 申命記 5:17(新共同訳)
汝殺す勿れ 申命記 5:17(文語訳)

356 :名無しさん@3周年:04/04/02 11:06


イスラム教徒も 隣人でつよ 隣人とは 宗教も民族も越えた すべての人が対象でつ。

357 :くしこ:04/04/02 11:36
キリスト教の愛とは、実は上から下へ下される愛の典型的なものです。
ある特殊な罪悪感を凌駕する場合には、非常に良い効果をもたらします。
しかし、その心の根源が良い悪いを論じるならば、
しばしば悪いと考えられることもあります。
なぜなら、そこにはある種の強制を備え持っているからです。
そして、その正体を見てしまう・・・。

そこが日本人には受け入れられにくい理由なのですが、
変えてしまうと日本においてキリスト教として
存在する理由はなくなってしまいます。

358 :くしこ:04/04/02 11:40
他は地獄への道、キリスト教は天国への道、
そういう宗教でいいと思いますよ。
そして、他の宗教との接触は避けるべきでしょう。

359 :名無しさん@3周年:04/04/02 11:41


神のひとり子は ひとなられ この世にお生まれになられますた
高見から呼びかける神でなく 私たちとともに住まわれる神でつ。

360 :くしこ:04/04/02 12:15
残念ながら、高見から呼びかける神ですよ。イエスは・・・。
彼は、人と共にいたことはありません。
いつも人から離れていました。聖書にはそう書いてあります。

彼にはキリスト教がいう罪はないと考えられますからね。

361 :名無しさん@3周年:04/04/02 12:20
>>360
くしこ氏の視点はなかなか刺激的で面白い。

362 :名無しさん@3周年:04/04/02 12:23
>>360
イエスが人とともに居たかどうか。これは重要な問題。

離れているイエス像もあり、ともにいるイエス像もある。
聖書には両方が描かれている。

363 :名無しさん@3周年:04/04/02 12:24
イエスが高見から呼びかける神になってしまったのは、
ずっとイエスが「王であるキリスト」とかいう感じで
霊的国家の王様になってからでしょうな。

364 :くしこ:04/04/02 12:44
>>361刺激的ですか?そうでしょうか?

>>362残念ながら、聖書の中では人と共にいる場面は全くありませんね。
全て高みから見下ろした形に描かれています。

まぁ、聖書は信者の視点ですから本人のお気持ちは
どうだったかは分かりませんが・・・。と押さえ気味に書いておきます。

365 :くしこ:04/04/02 12:47
>>363復活してしまえば、どうしてもそちらへ重点が移りますから。
その内、オウムの麻原損師も死刑になったら復活して
弟子達の前に現れるかもしれませんね。

このようなものが第二のキリスト教にならなければよいですね。

366 :名無しさん@3周年:04/04/02 12:49
確信をもっている人間は、見ようによっては高みにいるように見られますが。
知っている人間と知らない人間の間にある構造的な問題ですから。
実際傲慢なのもいるだろうけど、そうでなければ受け取り手の問題でしかないです。

367 :名無しさん@3周年:04/04/02 12:53
◎古泉単純一郎監督作品映画化か?

【古泉単純一郎監督作品】〈近日公開〉
《死遭わせの黄色いハンカチ》
主演:高括健、賠償千恵子
・あらすじ
 人道復興支援のためだと言いくるめられてイラクに派遣された自衛隊の隊長・高括
は、イラク民衆の殺戮や人権無視を続けるアメリカの占領政策の恐るべき実態を知る
におよび、任務の正当性に疑問を感じ始めていた。そんなおり、イラク民衆のレジス
タンスによって多くの部下を失ってしまった彼は批判の矢面に立たされる。失意のう
ちに日本に帰りついた高括を待っていたのは、その後反戦意識に目覚めた妻千恵子に
よる厳しい叱責と説得だった。「石油のための戦争」「復興利権のための戦争」であ
ることや、首相の「人道支援論」の詭弁性と欺瞞性について妻から諭され、政府首脳
への「裏切られた」という思いがつのっていく。やがて部下の仇討ちを決意した彼
は、長ドスを携え単身首相官邸にのりこむ。恐れおののく首相はじめ政府首脳の面前
でもろ肌脱いだ彼の体には、さらし代わりの黄色いハンカチが幾重にも巻きつけて
あった。


368 :くしこ:04/04/02 12:53
>>366知っている人間と知らない人間・・・。
二種類に分けられていますね。要はそういうことですよ。
全てが、受け取り手の問題ではありませんよ。
そういうものなんですよ。

369 :名無しさん@3周年:04/04/02 13:03
>>368
難しく考えないでいいです。掛け算の概念を知らない子供と、
掛け算について一緒に悩むのは無理なのと同じ事です。
できるのは一緒に考えることだけ。苦痛や答えの無い
問題となれば、苦しむ姿を見て苦しむことは出来ても、
同じ苦しみを共有することは出来ない。
共に悩みたいと思ってもそれが適わぬことであったならば、
逆に孤独を感じていたかもしれない。

だじゃら「高み」からなのか、共に歩んでいるか、という価値判断は
受けての問題でしかないでしょう。キリスト教徒ではないから
イエスについて正しい言い方ではないのかもしれないけど。

370 :名無しさん@3周年:04/04/02 13:06
キリスト教徒も好みがあんでね?

まあ高みにいるのはキリストで、ともに歩んだのはイエスだろう

371 :くしこ:04/04/02 14:32
>>369受け手の問題ではなく、そういうものなのですよ。
交わることの出来ないものには、交わることはない・・・。

>>370聖書の中には、残念ながらそのようなものが
ある記述が見当たらないのですよ。
イエスはいつも悪く言えば孤独、
良く言えば孤高な者として描かれています。
死後、復活したという影響なのかもしれませんが・・・。

372 :名無しさん@3周年:04/04/02 14:44


愛する者たち。私たちは 互いに愛し合いましょう。愛は神から出ているのです。
愛のある者はみな神から生まれ、神を知っています。愛のない者に、神はわかり
ません。なぜなら神は愛だからです。神はそのひとり子を世に遣わし、その方に
よって私たちに、いのちを得させてくださいました。ここに、神の愛が私たちに
示されたのです。                              第Iヨハネ4:7〜9

373 :名無しさん@3周年:04/04/02 14:48
>>371

いゃいゃ。どうも貴方の方が キリストより もっと高見のお方のようでつね・・・ 

374 :名無しさん@3周年:04/04/02 22:36
いろんなイエス像があるんで。

空海しゃん ごたる

同行二人みたいなイエス像も あり でござんすよ。

375 :名無しさん@3周年:04/04/02 22:48

愛を喜ぶ者だけが、イエス・キリストを信仰する。

空海って何だよ?人にやさしかったのかよ?癒しの奇跡を起こしたのかよ?




376 :名無しさん@3周年:04/04/02 22:51
暑い日に大師が山村を歩いていると、のどがかわいた。

水を探していると、谷川から女性が水をくんで上がって来た。

一杯くれませんかと言うと、惜しげもなく飲ませてくれた。

この村は水に苦労していると聞いた大師が、

杖で岩を突くと、きれいな水がこんこんとわき出てきた。



377 :名無しさん@3周年:04/04/02 22:54
>>372キリスト教徒内に対する話だよね。
外の者には・・・でつね。

>>375愛を外に求めつづける者ってイメージだけどな。
キリストって人にも厳しいし孤高孤独な存在だなぁ。
人の弱みに付け込もうという意思ありあり感じるけどさ。

378 :名無しさん@3周年:04/04/02 22:56
そーんなにキリスト教って閉鎖的なイメージか。

まあ、洗礼を受けてないと聖餐に与れないからな。
仕方ないか。

379 :名無しさん@3周年:04/04/02 22:56
>>373キリストと同程度なんじゃない?
キリストと一緒の妄想と孤高と孤独を感じるがなぁ。

380 :結論:04/04/02 22:58
日本人に合うキリスト教は存在しない。
イエスかノーかという世界は日本人にはなじまない。
さっさとイスラエルとパレスチナへ逝ってくれ。

381 :名無しさん@3周年:04/04/02 22:59
4 あれかこれかではなくて「あれもこれも」

識別こそが神の御心にかなうことであると
単純に信じているところがある。
神はそんなにけちな方ではない。
「白か黒か正邪をはっきりさせたい」から「両方とも」へ。
これが東洋。寛容。アチラさんは断罪を好む。
煩悩即涅槃。イエスは大乗。ユダヤ教は小乗。
東洋の宗教心こそ深遠。カトリックはいつの間にか小乗になった。



382 :名無しさん@3周年:04/04/02 23:00
>>378なんか異質な奴の集団てイメージ。
層化と同じぐらいに。元祖オウムって感じもするな。

383 :名無しさん@3周年:04/04/02 23:06
>>381うーん、過渡はお気楽な雰囲気だったよ。福音派の方が厳しいて感じ。
近所の福音派の教会の連中は層化みたいな雰囲気あるもん。

384 :名無しさん@3周年:04/04/02 23:12
381はカトリック司祭のサイトから
無断引用させていただいたものです。

神父さん御免なさい(-_-


385 :名無しさん@3周年:04/04/02 23:13
福音派って厳しいんですか?何が?

386 :名無しさん@3周年:04/04/02 23:13
「識別」っていうのは、カトリックでよく使われる言葉。

「なぐさめ」と「すさみ」を見分けろ、っていう技法なんだけど、

あれの元になっている聖イグナチオの霊操ってのが

ちょっとクセモノだと思っている。

387 :名無しさん@3周年:04/04/02 23:14
>>385
聖書を文字通りそのまま読み、
実行しようとする傾向が強いんですよ。

388 :名無しさん@3周年:04/04/02 23:15

4月はキリストの死んだ日に集まりがあるので来てくださいと
キリスト教が言ってたが、俺的にはクリスマスのほうがよい。


389 :名無しさん@3周年:04/04/02 23:16
つづき。霊操は、ほとんど結論ありき。

すでに出来上がった結論に対して、

自分で選んだと思いつつ自分を納得させる技法なのだと思う。

390 :ネットサーファー@~ノ國:04/04/02 23:16
神の声をそのまま聞き、実行するために
神の声の不完全な写本である聖書を頼るのは本末転倒である。

391 :名無しさん@3周年:04/04/02 23:17
私は「霊操」よりも「内観」のほうが、

カトリックの霊性にはふさわしいと思う。

まあそうなると、ますます浄土真宗に近寄るわけだが。


392 :名無しさん@3周年:04/04/02 23:19
それにしても、内観(真宗由来)とか禅とか、
カトリックは「鼻が効く」という気がするね。

393 :名無しさん@3周年:04/04/02 23:19
日本人に合わないんじゃなくて、浸透してないから
キリスト教の文化も全くないだけだと思うけど。

394 :名無しさん@3周年:04/04/02 23:22
「浸透してない」というあたりで、すでに文化的に拒絶されてると
いうふうに考えることも出来ます。

キリスト教は敬虔で厳しい教え、というふうに理解されていると
思いますね。キリスト教はしんどい。一つの神じゃなく、
あれもこれも拝み倒したいというのが日本人の気風では。

395 :名無しさん@3周年:04/04/02 23:25
浸透って自然にじゃなくて、国が関わって浸透するんじゃないかな。

396 :名無しさん@3周年:04/04/02 23:28
はあ、そういう意味でなら、今後も無理でしょう。。

しかし、国が関わったら、イエスのラディカルな発想自体が
無害化されて、みんなのための制度宗教になってしまいますよ。

397 :名無しさん@3周年:04/04/02 23:44
外国ではキリスト教が制度宗教にはなっていないの?

398 :ヨハン君 ◆DV4hb.MG/U :04/04/03 00:07

日本人に合う、ということなら、

「東洋のキリスト教」である「正教会」でしょうな。

聖徳太子のときにいっぺんきてます。(ネストリウス教義だけど)


399 :名無しさん@3周年:04/04/03 00:30
>>394自然やら人やら色んなのに神仏を求める
日本人には合わないんだろうなぁ。と思ふ。

>>398都合のいいところを適当に引き抜かれたのみで、
キリスト教自身の教えは広まらなかったなぁ。
広まらなくて良かったとも思ふが。
欧米人の考え方や中東地域の連中見ててそう思ふから。

400 :名無しさん@3周年:04/04/03 02:21
カントの弁証法ってのはどうも感覚的にピンと来なかったんだが、今考えると、あれは初めに対立ありき、と考える西洋人特有の考え方だったんだな。
同じ西洋人でもスピノザの神秘主義とかは原理はイマイチわからなくても、感覚的にはしっくりくる。
日本人には神秘主義はよく合うかも名。
ただ、神秘主義はカルト化しやすいという諸刃の剣w

401 :名無しさん@3周年:04/04/03 04:22
カトリック禅だ。

402 :くしこ:04/04/03 19:16
>>398あなた方は売る民、私達は買う民・・・。
その相違がありますから、キリスト教は日本に定着しなかったのですよ。

403 :名無しさん@3周年:04/04/03 19:17
>「東洋のキリスト教」である「正教会」でしょうな。
これは日本には合わなかったようですな。
没落しているのではないでしょうか?


404 :くしこ:04/04/03 19:36
日本が内戦や貧困のどん底に突き落とされていたら、
キリスト教が入る余地はあったんですが・・・。
実際に、戦国時代はそうでしたから。

405 :名無しさん@3周年:04/04/03 19:44
>>404
それは歴史的事実に反している。
キリスト教が広まったのは勢力が強い大名の土地で、それも交易の目的での改宗も多かった。
むしろ、豊かな時代だったと考えた方がいいだろう。

406 :名無しさん@3周年:04/04/03 22:07
正教会はちょっと何かマニアックすぎる感じがする。

407 :くしこ:04/04/03 22:32
>>405残念ですが、そうでもありません。
奈良などは安定した領主はあまりいませんでした。
そういう土地の者が、新たな後ろ盾を得るために
改宗している事例はかなりありますよ。

408 :名無しさん@3周年:04/04/03 22:34
韓国人に合ったキリスト教を日本用に修正したら使える

409 :名無しさん@3周年:04/04/03 22:35
織田信長はカトリック教会を後ろ盾にして
革新的な諸政策を打ち出した、という本が出たね。
まだ読んでいないけど。叡山焼き討ちなんかも教会の
指導だったらガクブルだ。



410 :名無しさん@3周年:04/04/03 22:38
>>403
日露戦争前までは、天主公教会に勝るとも劣らない教勢を保っていましたが、
戦争で敵国の宗教となってしまい、信徒の社会階層とロシア革命の影響による
財源不足、とどめに第二次大戦で、没落しました。むしろ、ロシア一国と西欧
諸国が対決して、一時はトントンまでいったのだから、正教おそるべし。

>>406
古語による礼拝と、浄土教を思わせる荘厳な教会建築で、田舎のお爺さんお婆
さんは、異教的なカトリックや、神学マニアなプロテスタントよりも、正教会
に入信していきました。

411 :名無しさん@3周年:04/04/03 22:40
>>408
ハレルヤ祈祷院とか?
シャーマンの系統は韓国のキリスト教から
来てるみたいだよ。

洗礼を受けないと、教会に所属しないと救われない。
これがキリスト教。仏教のサンガと似ているけど、
在家の信心集団は秘跡的な存在ではない。
もっとさめてる。キリスト教のほうが神秘主義や
聖なる恩典みたいなものを真にうける傾向があるな。


412 :名無しさん@3周年:04/04/03 22:41
合同結婚式は欠かせないと思う。

413 :くしこ:04/04/03 22:45
>>408多分無理でしょうね・・・。
向こうのキリスト教はムータンと結びついていますから・・・。
終戦後の混乱が今でも続いていたら別だったと思いますが・・・。

414 :名無しさん@3周年:04/04/03 22:57
バプテスマのヨハネは

当時インド西部で盛んであった大乗仏教の伝道者から

「洗礼」と「懺悔」の着想を得た、という話があります。

キリスト教って仏教由来だったの??

415 :くしこ:04/04/03 23:06
>>414それが本当の話だったら面白いですね。
そういえば、仏教ってギリシャへ布教しに行ってたとか
聞いたことあります。

416 :名無しさん@3周年:04/04/03 23:09
アレキサンダー大王の遠征以来、ギリシャ・インド間は
人間・商品・情報がさかんい行き交ったそうです。


417 :名無しさん@3周年:04/04/03 23:12
たしかに手を洗うのはあっても全浸で沐浴みたいな習慣は
なかったと思われる。懺悔(悔い改め)も、やはり、
「的外れ」というよりも生き方の転換(回心)なわけで、
ユダヤ教のものとはだいぶ、毛並みが違うのではないか。



418 :名無しさん@3周年:04/04/03 23:22
創世記の創造神話あたりからダイレクトに説いているイエス。
やはり救いに必要なのは知識(「智慧」)なのだ。

「園の中央には、いのちの木、
それから善悪の知識の木とを生えさせた」


419 :名無しさん@3周年:04/04/03 23:31
けっきょく、信仰とはストイックな倫理主義でも、
道徳でもなかったのです。

宗教が社会維持の装置であるのは、国教化され
制度化されたときですが、そのとき、すでにその信仰は
いのちを失いつつあります。


420 :名無しさん@3周年:04/04/03 23:48
>>409
織田信長にとっては仏教勢力が邪魔だったことは否めまい。
たまたまキリスト教というのが入ってきて、利用しやすかったというだけだろう。
宗教は国政に利用されたときは爆発的に普及するが、旧勢力にとってはガクブルだ。宗教の側でそれをコントロールするのはなかなか難しい。

421 :名無しさん@3周年:04/04/03 23:53
>>420
カトリックは信長を利用していた。
信長もカトリックを利用した。
信長は、カトリックがいらなくなり、
自分を神に祭る安土城をつくった。
そこでカトリックは反信長となり、
明智を使って信長をあやめた・・・。

422 :名無しさん@3周年:04/04/04 09:14
■メル・ギブソンが12年の構想と約30億円の私財を投じて手がけた超話題&問題作
『The Passion of the Christ(邦題:パッション)』。キリストの受難をテーマに
したこの作品、爆発的なヒットに加えて“鑑賞中に2人の観客が心臓発作で死亡”
“作品に関する討論が激化した夫婦が殺傷騒ぎで逮捕”などなど、宗教的解釈や過激
な描写がらみでなにかと話題が絶えないようです。あげくの果てには、“映画を観た
殺人犯が自分の罪を後悔して、警察へ自首した”なんてニュースも飛び出す始末。そ
こまでいくと、ちょっとできすぎなんじゃ? なんて思ったりしないこともないのは、
きっと私だけじゃないはずです。よね?
この人気と話題に乗っかってリバイバル上映が決定したのは、'79年公開のモンティ
・パイソンの聖書(パロディ)映画『ライフ・オブ・ブライアン』。イギリスきって
のコメディ・グループによる作品ゆえ、当時は不謹慎だ何だととさんざんな目に合っ
ていたようですが、今こそその真の魅力が明らかに! なるのかならないのかは両者
を観てからご判断ください。ちなみにこちら、日本での公開は今のところ未定。
はてさてこの2作、無宗教国家・日本での評価はいかに!?


423 :名無しさん@3周年:04/04/04 16:32
キリスト教が日本で広まらなかったのは.真宗が有ったかで
近代においては.著名人がキリスト教から真宗に成った人が
多いし.最近はアメリカやヨーロッパの牧師や神父さんから
真宗の僧侶に成った人が増えてきています。
   
    http://www5b.biglobe.ne.jp/~sinjitu/

424 :名無しさん@3周年:04/04/04 16:38
>>414
時間的経緯からみて、大乗仏教が洗礼者ヨハネに影響を与えたというのは
ちょっと無理そうでは?

洗礼者ヨハネ→マンダ教→大乗仏教なんて、、どうよ?

425 :名無しさん@3周年:04/04/04 16:47
>>424
大乗仏教運動は紀元前後だから、
間に合わないこともないかな、と。

426 :名無しさん@3周年:04/04/04 16:50
>>423
真宗、あと浄土教の影響は根強いものがある。



427 :名無しさん@3周年:04/04/04 17:46
真宗や日蓮宗は仏教とは言えないのでは。だから問題を起こすことが多い。

428 :名無しさん@3周年:04/04/04 17:56
洗礼者ヨハネの洗礼はユダヤ教で行われていた改宗者洗礼とも
クムラン教団の沐浴とも異なり、影響史的説明がつかないそうだよ。
やはりオリジナルの可能性が高いのでは?



429 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/04/04 19:12
本物の神=「盲人は見え、足なえは歩き、らい病人はきよまり、耳しいは聞こえ・・・・
      多くの財産のある者に貧しい者に分けて与えよ」と地上で慈悲深い神を見え
      るように現されたイエス・キリスト
      
  人はその方をまこと、まことの国として讃美し信仰することにより、その世界に入る。
  
偽者の神=阿弥陀仏―私を助けて下さるからと言って、熱心に信仰させ、自分を思う気持
     ちを助長し、死後、自分を思う気持ちがなくなった途端、神の国には入れない。
     
  
  永遠の命の国は、自分を忘れて人を愛するような世界なのです。もう、自分を愛する
  ことはありません。天を現されたイエス・キリストをまこととして受け入れるこころ
  が入るのです。日々の生活の中でも、慈悲深い神と命の国を忘れてはなりません。                             

430 :ヨハン君 ◆DV4hb.MG/U :04/04/04 19:52
>>428

前提にはあるでしょうね。クムランだけではなくて、ユダヤ教には「洗い清める」

という習慣があった。

ただし、室内で。小さな浴室ぐらいだったらしいですね。

それを、ヨハネは外でやったということ。

431 :くしこ:04/04/04 21:15
真宗とキリスト教は似た側面がありますね。
だけど、キリスト教はキリスト教でいいのでは?

432 :名無しさん@3周年:04/04/04 22:56
>>431
いい人もいます。でも納得できない人もいるんですよ。
だから文化内開花とかいろいろ試行錯誤が起きているんです<カト限定

433 :名無しさん@3周年:04/04/04 23:11
キリスト教は聖書読まないやつはごみとかいって
理科の生物まで否定するので使えない

434 :名無しさん@3周年:04/04/04 23:18
>>432
文化内開花、という概念はどうなんでしょうねえ。


435 :名無しさん@3周年:04/04/05 09:50
逐語霊感派が生物科で否定しているのは進化絡みだけだが。

436 :名無しさん@3周年:04/04/05 10:56
生物科ではないが、宇宙の構造についてはどうなんだろう?
天動説信じてるのかね。

地下に陰府があると信じてもいそうだ。

437 :名無しさん@3周年:04/04/05 14:06
あほか!
そんなん信じとらんわい!

438 :名無しさん@3周年:04/04/05 14:42
浄土系の坊さんとカト信者 プロ信者(福音)と話したけど、価値観で浄土に近いのは実はカトだった。多様な価値観を容認して、他人のいい面を学ぶみたいなとこ似てる

439 :名無しさん@3周年:04/04/05 15:07
プロテスタントが中絶を認めてるなら、俺はカトリックでいい。

440 :名無しさん@3周年:04/04/05 20:53
>>438
たぶん、カトリックにちかいのは、浄土宗だと思う。
そのなかで、信のみ、念仏のみ〜って先鋭化したのが真宗。
プロテスタントに似てるっちゃ似てる。


441 :名無しさん@3周年:04/04/05 21:42
カミミタさんへ
何一つ修行も出来ず真実の善も出来ない私や.
阿弥陀様の真実も知らずに誹謗を続ける貴方を救う爲に.
阿弥陀仏は身を地獄に落とし(諸苦毒中)御修行され.
聞いてくれよ.救われてくれよ.と口から血を吐いて.
叫んでおられるのが.阿弥陀様の慈悲そのものです。

   http://www5b.biglobe.ne.jp/~sinjitu/

442 :名無しさん@3周年:04/04/05 21:44
>>441
その団体、浄土系のグループですか?

443 :名無しさん@3周年:04/04/05 22:01
>>427
>真宗や日蓮宗は仏教とは言えないのでは。だから問題を起こすことが多い。

日蓮は秋山御書で殺人を奨励しているから仏教でないのは分かるが
真宗が仏教でない証拠はありますか?

444 :名無しさん@3周年:04/04/05 22:05
>>442
真実の浄土真宗です

445 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/06 23:26
みなさん!!
さくらの季節です。
さくらはときにあやしいまでに美しいです。

「さくらの木の下には死体が埋まっている!!それであんなに美しいんだ」

なにげなく人生を過ごしていますが、さくらを見られる回数はかぎられています。

日本人はむかしから、はかなく散りゆくさくらに人間の生を重ね合わせてきました。

さくら、さくら

446 :名無しさん@3周年:04/04/06 23:27
>>445
さくらはいいですね。夜桜はバレリーナの立ち姿にもみえます

447 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/06 23:28
>>446

美しいイメージです。

448 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/06 23:50
もう、遅いですが、三月三日はひな祭りです。
「あかりをつけましょ」の唄はよい唄です。
り〜ずは、特別養護老人ホームで、お年寄りたちが、その唄を合唱するのをきいて、
ほんとうにきれいな唄だと思いました。
り〜ずといっしょにいたり〜ずのお母さんも、
普通の意味で決して上手とはいえないその唄に思いがけずこころを動かされたようでした。
その唄はり〜ずがちっちゃかったころの思い出を、呼び起こしました。
り〜ずのお母さんもり〜ずがちっちゃかったころのことを、その唄のメロディーによって
いきいきした現実感とともに思い出していたのかもしれません。
それと、自分自身のちっちゃかったころのことまで。
唄がいっしょにうたわれることはとても大切なことだと思います。

449 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/06 23:51
わたしが知っているもっともいまわしくおそろしいものは癌です。

450 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/06 23:59
癌になると、癌におかされた内臓を摘出しなければなりません。
けれども、手術を受けてもほんとうには直るわけではありません。
希望をつなぐためだけに手術がおこなわれるのではないかと思えてきます。
手術を受けて、どこかの内臓を摘出した人は、その身に相応のささやかな希望をもとうとします。
こんな身体になっては海外旅行はムリだろうが、夫婦で近場の温泉旅行ぐらいはできるだろうとか。
そういうささやかな希望です。
ところが、癌というものは、そういうささやか希望をひとつひとつ丹念に踏みつぶしながら、
着実にその歩みを進めていきます。
加速度的にすすめていきます。
階段にのぼれなくなり、ひとりでトイレにいけなくなり、
ひとりでおきあがれなくなり、排泄の調節ができなくなり、
声がかすれ、ものがいえなくなり、
おわりです。
最後の数日はなぜか涙がにじむようです。


451 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/07 00:02
アガリクスというのが信仰の対象になります。
抗ガン剤はからだに負担をかけるため、つらく、
黄疸が出たりするそうですが、
アガリクスを飲むと、抗ガン剤の副作用がなぜか出ません(これは事実です)
これには、医者もおどろきます。

452 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/07 00:05
「人に糧を与えて自らは忘れ去られる生涯なのだ」
これはロスタンの「シラノ・ド・ベルジュラック」のなかのことばです。
その人は、そのことばをよく口にしていました。

453 : ◆IbYG6dQTTc :04/04/07 00:10
>>449
苦しんで死ぬから?私は天国へ行けるから死ぬのも殉教もかまわない。
ただ、拷問されて苦しんで死ぬのはあんまりうれしくない。

454 :白夜猫 ◆EfKBl6z.oI :04/04/07 00:14
>>453
驚くべき覚悟ですね。。
私は死ぬのはかなしいです。


455 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/07 00:19
その人は、最後まで「人のこころの美しさ」について口にしていました。
わたしはそれは現実的にも、キリスト教的にもまちがいだと思っていました。
人の心は原罪によって傷ついています。
けれども、いまにして思えばまちがっていたのはわたしの方でした。
60歳までぺいぺいのまま生きた彼が、ひとのこころの小狡さや、いかがわしさについて、
身にしみて熟知していなかったわけがありません。
むしろ、人のこころの醜さについてよくわかっていたからこそ、
ささいな善意に示される「人のこころの美しさ」を、とてもありがたいものと
感じることができたのだと思います。

456 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/07 00:21
キリスト教的には死ぬことは喜びかもしれません。

けれども、わたしは死ぬことはとてもかなしいです。


457 :名無しさん@3周年:04/04/07 00:36
>>450
医学の進歩により、癌の治療も少なくとも昔よりは格段進歩している
事実を忘れないで、科学者に感謝すべきです。

458 :名無しさん@3周年:04/04/07 04:33
>>453
そんなに懇願されると、したくもない拷問もしたくなる

459 :名無しさん@3周年:04/04/07 08:00
>>453
遠藤周作の『沈黙』ではないが、そんなに自信満々に言われると
きみを拷問にかけて棄教させたくなるよ。棄教者となったきみは
今までとは打って変わって死への恐怖で夜もおちおち眠れなくなる。
悪趣味な想像かもしれないが、そうでもなれば、少しはマシな信仰を
持てるようになるかもしれないな。それとも絶望かな。

460 :名無しさん@3周年:04/04/07 09:06
>>459
棄教というからには、知識や理論への選好ではなく
信仰があってのことだと思う。

461 :名無しさん@3周年:04/04/07 09:07
>>459
この手は少し撫でれば転ぶよ。

462 :名無しさん@3周年:04/04/07 21:07
り〜ずさんの文章はいつも面白いね。
というより含蓄がある。
(今回のはそうでもないが。)

463 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/04/07 21:38
>>441 阿弥陀仏の批判を止めます。批判をしたかといって、何もならないからです。

どうして、神は罪を犯す人をつくったか?
 それは、イエス・キリストをまことの人として、人々が受け入れ永遠の命を得るためです。
 「盲人は見え、足なえは歩き、らい病人はきよまり、耳しいは聞こえ・・・・・多くの財
 産のある者を、貧しい者に分け与えよと言われた。」
  天では、そのようなことが行われている。全ての人々が平等に幸せです。イエス・キリス
  トをまことの人するこころは、永遠なのです。天にいる存在も、天をまこととしているか
  ら天に通じるのです。
  
 しかし、地上を義とするこころは、死後失われる。天には地上のものがありませんから。だ
 から、地上に存在する私を不義と心得、天を現されたイエス・キリストを敬し、讃美するこ
 とにより、永遠の命を得るのです。天にいる存在が、その世界を喜んでいるように、讃美す
 るこころは永遠なのです。
 
 「みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように。」祈ること。それも天に通じ
 るのです。全ての人々が御言を受け入れ、地上も平安を願うこころが天に通じ、その人は天
 国に入るのです。なぜなら、天国は平安を喜ぶ国だからです。それぞれの人が、自分の物質
 的豊かさを追うことなく、人を愛する国になるよう祈りましょう。
 

464 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/04/07 21:39
また、「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。」
 この律法を、イエス・キリストが現すためでもあります。神のように賢くなり、人は
 自分の手で必要な物をつくるようになりましたが、その物を互いに奪い合うことなく、
 望めば、人々にもそれなりのことをせよということです。人々に自分の望みを押し付
 けるだけではいけません。
 
 「何を食べようか、何を飲もうか、何を着ようかと言って思いわずらうな。」
 もともとは、神の創造されたもので満足するのが義です。「わたしたちは、何ひとつ
 持たないでこの世にきた、また何ひとつ持たないでこの世を去っていく。たた衣食が
 あれば、それで足りるとすべきである。」
 
 「人の義とされるのは律法の行いによるのではなく、ただキリスト・イエスを信じる
 信仰によることを認めて。」
 
つまり、神のように賢くなり、人の手でつくられることを認められたが、「何事でも人
々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせよ。」という律法に従わなけ
ればなりません。しかし、貪欲は不義、自制せよということばが加わり、真に永遠の命
に通じることは、律法の行いではなく、信仰ということなのです。

 罪がなければ、例えば、他人を自分の利益のために要領よく使い、この世の人生を
 大いに楽しむことも義とされるでしょう。 

465 :サロメ ◆sqHnb0/6.o :04/04/07 21:41
阿弥陀はゾロアスター教の流れを汲む架空の存在でしょ。
イエス様は今ここに生きておられる神。
比較自体が無意味。

466 :サロメ ◆sqHnb0/6.o :04/04/07 21:41
真宗の教えは立派だと思いますけどね。

467 :名無しさん@3周年:04/04/07 21:54
自分に都合のいいようにとらえるのが一番いいみたい。

468 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/04/07 22:01
>>465
今、天におられるのです。盲人は見え、足なえは歩き、らい病人はきよまり、耳しい
は聞こえ、死人は生きかえり、多くの財産のある者を、貧しい者に分けるように、全て
の人々を平等に幸福にされる方が。

地上を義としているこころの者が、その世界に入れないのです。
地上で天を現された、イエス・キリストをまことの人、主として讃美し、敬すれば入れ
るのです。
自分を義としている者、その他を義とする者は、入れないのです。

469 :銀河鉄道の夜:04/04/07 22:02
みんながめいめいじぶんの神さまがほんとうの神さまだというだろう、けれども
お互いほかの神さまを信ずる人たちのしたことでも涙がこぼれるだろう。それから
ぼくたちの心がいいとかわるいとか議論するするだろう。そして勝負がつかないだろう。
けれども、もしおまえがほんとうに勉強して実験でちゃんとほんとうの考えと、
うその考えとを分けてしまえば、その実験の方法さえきまれば、もう信仰も化学と同じようになる。

470 :名無しさん@3周年:04/04/07 22:37
>>465 サロメさんへ
>阿弥陀はゾロアスター教の流れを汲む架空の存在でしょ。
阿弥陀様は架空の存在ではありません。
阿弥陀様に救われれば.貴方が存在するのと同じ位ハッキリと
其の存在が分かり.其の瞬間に心の底から今まで体験した事の無い
喜びが心に満ち溢れるでしょう。
其の喜びは一生.いえ永遠に続くでしょう
現実に小学校の子供さんでも救われて一時間経ってもその喜び
から泣き止まない子供さんもおります。
     
    http://www5b.biglobe.ne.jp/~sinjitu/

471 :名無しさん@3周年:04/04/07 22:38
宇宙と自分が金色に包まれているのを体験をするだろうね

472 :サロメ ◆sqHnb0/6.o :04/04/07 22:39
>>470
阿弥陀様が成仏するために修行した期間はどれくらいでしたっけ?

473 :サロメ ◆sqHnb0/6.o :04/04/07 22:40
>>471
そのような体験は、禅宗のほうが詳しいでしょうね。
魔境とどう区別してるの?

474 :名無しさん@3周年:04/04/07 22:41
>>473
喜びは沈静化してしまうが、そのあと、人生の基調音のように響く

475 :名無しさん@3周年:04/04/07 22:43
真理を物語として象徴化したものだよ。

476 :名無しさん@3周年:04/04/07 23:26
排他性は大きいネックだと思う。

受洗するのに先祖伝来の檀家やめろだとか、別の宗派の信徒登録
抹消しろだとか、内面の信仰の問題に社会的形式を求めるのは
どうかな、と。(それにウソっぱちかかれたって分からない
し誰も損しないことを聞くのもヤボだと思うしね。)

477 :名無しさん@3周年:04/04/07 23:32
>>476
1檀家を維持する→祖先や家族に対する孝行
2同時に、別の宗教である寺院に布施すること
 →寺院護持することになり、信仰と相反するようにみえる

3ここで、どちらがよりマシであるか考える
 寺院護持による信仰相反と
 孝行による信仰的な価値は、
 後者が強いと思われる。よってここでは、孝行を維持するために、
 あえて寺院護持を続ける、となるわけ。


478 :名無しさん@3周年:04/04/07 23:44
洗礼・聖餐は廃止し、純粋に神の御言葉に耳を傾ける集いにする
賛美歌も奏楽もやめる
瀟洒な教会堂があれば破却し、飾り気のないものにつくりかえる
神様の前で人間のなすことに何の意味もない

479 :名無しさん@3周年:04/04/07 23:46
降誕節の燭火礼拝は聖歌隊の発表会じゃないぞ

480 :名無しさん@3周年:04/04/07 23:47
http://society.2ch.net/test/read.cgi/kokusai/1078289902/
489 名前:名無し三等兵 :04/04/06 21:10 ID:cuVukli3
今週号の週刊エコノミストの記事にあったけど、
日本が導入方針を固めたMDでは、実はノドンを撃ち落とせないそうだ。
何発も撃ち込まれたら全部撃墜できないというのではなく、
ノドンの高度が高過ぎて一発すら撃ち落とせない。
むかしゼロ戦がB29を撃墜できなかったのと同じ。
どうなってるんだ、この国は?

492 名前:名無し三等兵 :04/04/07 02:14 ID:8uctgj9U
防衛/日本のミサイル防衛システムは「ノドン」に届かない
軍事問題研究会・桜井宏之/弾道ミサイル 

週刊エコノミスト(4/13)
http://www.zasshi.com/ZASSHI_SOKUHOU/last1/data/syuukaneconomist.html

この論文を掲載するにあたって、エコノミスト誌は防衛庁に取材をしたが、
防衛庁側の態度から判断すると、どうも本当らしい。


481 :名無しさん@3周年:04/04/08 14:57
>>472
5劫思惟と言い我々人間には計り知れない長い期間ですが
其の事に囚われて真実の救い.真実の喜びを逃すのは
あまりにももったいないことです。
一生否永遠に悔いを残さないように
    http://www5b.biglobe.ne.jp/~sinjitu/

482 :名無しさん@3周年:04/04/08 15:15
メリー潅仏会

483 :名無しさん@3周年:04/04/08 19:10
>>478
>洗礼・聖餐は廃止し、純粋に神の御言葉に耳を傾ける集いにする
賛美歌も奏楽もやめる
瀟洒な教会堂があれば破却し、飾り気のないものにつくりかえる

それはクエーカーそのものじゃないか。

でも教会や牧師などの中間レイヤーを中抜きして神に語り掛ける
というのは神道的で日本人には合うかも。

ただ、そうなると宗教の社会性が非常に弱くなる可能性が高く、
弱ってる人や弱者救済などの宗教の社会的役割を果たしにくく
なるんだよね。

484 :名無しさん@3周年:04/04/08 23:21
大きな声ではいえないが、神ってのはまじで
そら恐ろしいのである。神の痕跡はすさまじく恐ろしい。
神の恩寵はまじなので、それを軽くあしらったり
つぶしにかかるとえらく恐ろしい事になるのは
歴史が証明している。
本物の愛はある意味こわいのである。
これ書き込みしててぶるぶるしてきた


485 :名無しさん@3周年:04/04/08 23:23
愛が怖いってのは、それだけで日本的には「?」ではないか。
愛とは穏やかなものという気がする

486 :名無しさん@3周年:04/04/08 23:56
愛とは穏やかなものなのはそれにこしたこたーないけどよ、
それはあれだよ、愛への理想であって
実際の愛、現実の愛はそらどえらい恐ろしいことなんだよ、
戦争が何時もスマートにいかないのと同じように
愛も、あ、そう、んじゃ。では
すまないんだ、これがよ、べつにあれだよ、キリスト教推進してる
ものではないけどよ、わいは・・・。


487 : ◆IbYG6dQTTc :04/04/09 00:05
>>454
死んだら、天国へ行けるから心配しない。
イエス様が永遠のいのちを約束してくださった。

むしろ、地上は苦しい。
J.S.バッハのカンタータに『甘き死よ来たれ』というのがある。

子供が、遊園地や海水浴へ行くときに「驚くべき覚悟」というよりも、
喜んで、楽しみにしているでしょう。それと同じで天国へ行くのは楽しみです。


488 :名無しさん@3周年:04/04/09 00:11
>>487 ブライブ バイ ウンス

489 :名無しさん@3周年:04/04/09 00:12
>>487
苦しいこの世から脱出するのではなく、
苦しいこの世をいかにともに耐えつつ歩むかが大切ではないでしょうか。

490 :名無しさん@3周年:04/04/09 00:14
未来に生きてはいけません。真の信仰は、未来の安心が
現在の力になってくるはずなのです。


491 :名無しさん@3周年:04/04/09 16:49
光明というは妙なり 

492 :名無しさん@3周年:04/04/09 18:23
>>487
イラクに逝って、人質の代わりに僕を焼き頃して下さい、って頼んでみたら?
一躍人気者になること間違いなし。

493 :名無しさん@3周年:04/04/09 18:59
>>487  「人間は全て死を恐れる」、は俗説です。
この俗説では「自殺」を説明できない。

494 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/04/09 19:52
>>489
自殺などしたら、必ず地獄だよ。人は自分を殺そうする悪いこころのまま地獄に堕ちる。
悪しき者に取り憑かれた者は、悪しき世界に行く。

耐え忍びは重要だ。「耐え忍んで善を行って、光栄とほまれと朽ちぬものとを求める人に
永遠の命が与えられ」今あるつまらないことも忘れ去る日がくるでしょう。その時は、

「自分の思いわずらいを、いっさい神にゆだねるがよい。」「あなたがたは、この世では
なやみがある。しかし、勇気を出しなさい。」「あなたがたは、主にあっていつも喜びな
さい。繰り返して言うが、喜びなさい。あなたがたの寛容を、みんなの人に示しなさい。」
「人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたの心と思いとを、キリス
ト・イエスにあって守るであろう。」「その日には喜びおどれ。見よ、天においてあなた
がたの受ける報いは大きいのだから。」「だれでもこの山に、動き出して、海の中にはい
れと言い、その言ったことが必ず成ると、心に疑わないで信じるなら、そのとおりに成る
であろう。」

と聖書に書いてあることを知るのです。しかし、誰でも天国に行けるわけではありません。
「わたしたちを試みに会わせないで、悪しき者からお救いください。」試みに会わないよ
う祈りましょう。

495 :名無しさん@3周年:04/04/09 21:53
>>487
死ななくても阿弥陀様に救われれば
死の苦しみが根本から解決され
心が喜びに満たされ.この世からすばらしい世界
に生まれる事ができます。
「穢身のこの身は変ねども心は浄土を遊ぶなり」親鸞
即ち罪で汚れたこの身は変わらないが.心は浄土で遊んでいるように
すばらしい人生がおくれます。

http://www5b.biglobe.ne.jp/~sinjitu/


496 :名無しさん@3周年:04/04/10 00:11
むー。後生の一大事は大切なことです。
私もこれが一生の大事と思い、常に心に掛けてきました。


497 :くしこ:04/04/10 10:36
>>487キリスト教徒になったら天国へ逝けるなんていうおかしな説は、
キリスト教的ではありませんね。

498 :くしこ:04/04/10 10:49
キリスト教信仰を、免罪符のように使うことはキリスト教的に矛盾します。

499 :名無しさん@3周年:04/04/10 10:53
そういえば、昔(今から20年以上前)読んだ、
福音派の牧師が書いた文章の中に、こういうのがあったのを思い出した。

「たとえ死んでも、イエス様の名前で、顔パスで天国に行けるもんね。」

当時はまだ未成年だったけど、これ読んで、ふざけた牧師もいるものだ、と思った。
それ以来、福音派に対する印象がすこぶる悪い。

500 :ヨハン君 ◆DV4hb.MG/U :04/04/10 15:23
      / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\        ,-っ 
    /             \   (っ)))  
   /      ,-っ         ヽ//  
  /⌒ヽ'_ー-/ _)  \,, ,,/    |/   
  | r,i \\//(○)    (○)  |    
  ヾ、  \/   \___/   |   
   ヽ:::::::::::::::::::.    \/    ノ   
     \            /     500げっつ!
       \          / 


501 :くしこ:04/04/13 05:32
>>499自分の信仰を誇ってるようじゃ、
イエス存命当時のファリサイ派並ですね。
聖書の中で一番嫌われる行為なのに・・・そうとも知らずにおられるんですね。
責任者出て来い!て感じですね。

502 :名無しさん@3周年:04/04/13 05:39
>>501
くしこさん、家の宗旨は融通念仏だって言ってたけど、
融通念仏って一人が念仏唱えたら他の人も救われるって教えだよね?
確か一遍上人も融通念仏から出たと思ったけど?

503 :名無しさん@3周年:04/04/13 13:42
ねぇねぇ、話の途中悪いけどさ、イラクでつかまって解放された韓国人牧師7人って、福音派なんだって?
どうも、イラクに教会つくりに来たみたいなんだけどさ。
詳しい話知ってる?

504 :名無しさん@3周年:04/04/13 13:50
>>503
残念ながら知らないなぁ。質問箱に逝ってみたら?

505 :名無しさん@3周年:04/04/13 14:38
イラクで教会つくったら、過激派に殺されるのでは?(-。-)y-゜゜゜

506 :名無しさん@3周年:04/04/13 14:43
>>503
韓国のプロテスタント教会の多くは、福音派。
教会作るかどうかは別として、宣教師として派遣されたのは事実らしい。
それにしても・・・(イカ略

507 :名無しさん@3周年:04/04/13 14:44
>>506
以下略かよっ(w

508 :名無しさん@3周年:04/04/13 14:46
ネストリウス派系のカルデア教会(だっけ?)はイラクでしょ。
イスラム教から改宗椰子がいるとは思えなんが、カルデア教会みたいな
少数クリなら改宗する可能性はあるな。

もっとも福音派に丸め込まれる椰子がカルデア教会にいるとは思えんw

509 :名無しさん@3周年:04/04/13 14:47
>>508
カルディア教会はエジプトじゃね?

510 :名無しさん@3周年:04/04/13 14:49
>>508
福音派だから、単性論のキリスト教は異端者呼ばわりだろう。
そうすると、イスラムからもネスト利薄からも殺されるかもよ藁

511 :名無しさん@3周年:04/04/13 14:49
単性論のコプト教会だったかな。

512 :名無しさん@3周年:04/04/13 14:51
>>511
コプトもエジプトでそ?

513 :名無しさん@3周年:04/04/13 14:54
>>512
ううむ、忘れたなあ。
今手元には、新聞と仕事の資料しかないから。
誰か側に霧教辞典持ってるやつぁおらんかな。

514 :名無しさん@3周年:04/04/13 14:54
イラクの新憲法は、
キリスト者の「宗教的、文化的、社会的、政治的な権利」を認め、すべての市民に参政権を与え、キリスト者には完全な市民権を
認め、その宗教的権利を完全に保証しなければならない

となるそうでつね。

515 :名無しさん@3周年:04/04/13 14:57
>>514
GHQだな。

516 :名無しさん@3周年:04/04/13 15:01
>>508カルデア教会はユニア教会です。
アッシリア教会がネストリウス派の系列です。

517 :名無しさん@3周年:04/04/13 15:12
>>516
おお、神学生もしくは牧師先生、ありがとうございました!(微笑

518 :名無しさん@3周年:04/04/13 19:42
1552年総主教選出方法をめぐり分裂。
血統主義派が教会の管理権を押さえる。
選挙主義派はカトリックと合同。

1900年代に凄まじい迫害のため、アメリカへ総主教座を移転。
1974年15歳で総主教とされ、後に結婚のため退位しようと画策して
失敗していたイーシャ・サイムーン総主教が暗殺される。
これにより、ディンカー4世が総主教となる。

サイムーン総主教擁立時に離反グループもでました。
現在もインドを拠点に活動中。

519 :名無しさん@3周年:04/04/13 22:19
>>506
略されると気になるよぉ〜w
でもイラクの中に韓国教会ができるとかなりシュールな気がするのは気のせいでせうか。

520 :け〜と:04/04/13 23:42
>>472

521 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/13 23:43
>>472

あのね、阿弥陀は人ではないの。だから修行なんかしてないの。

522 :名無しさん@3周年:04/04/13 23:44
五劫だよ >>472

523 :名無しさん@3周年:04/04/13 23:44
阿弥陀は世自在王っていう人間だったよ。

524 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/13 23:46
阿弥陀は人間ではないです!!
分かりやすいように、擬人化されているだけです!!

525 :名無しさん@3周年:04/04/13 23:47
ペルシャの影響はあるかもしれないけど。
ヒンドゥー教の影響が大きいと思う。
浄土教もインド・ペルシャ・ギリシャという文化の子、
ということから捉えなおすと非常に興味深いものがあります・

526 :名無しさん@3周年:04/04/13 23:48
>>524
経典のなかでの話しです。

527 : ◆IbYG6dQTTc :04/04/13 23:50
>>508
日本の福音派宣教師であるケニー・ジョゼフ師は、すでにイラク入りして伝道している。
彼は東京基督教学園の前身で教鞭を取り、日本の海外宣教に大きな影響を与えた。
アッシリア人の末裔。


528 :ぶーちゃん ◆nln5ICgTos :04/04/13 23:51
>>525
浄土教はガンダーラ以北で成立したんじゃないの?
インド外の要素が大きいかと思うんだけど。

529 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/13 23:53
親鸞と日蓮はどっちがえらいお坊さんなのでしょうか。

530 :名無しさん@3周年:04/04/13 23:55
>>528
今の国境ならパキスタンなのでしょうか。
あくまでインドの文明の影響、ということです。


531 :名無しさん@3周年:04/04/13 23:55
>>529
そうか=日蓮なので、日蓮の勝ち。

532 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/13 23:58
わたしは、歎異抄や御文のことばに心を動かされたことがありますが、
立正安国論には、こころを動かされませんでした。


われやさき、ひとやさき、けふとも知れず、あすとも知れず・・・・

あしたには紅顔ありて、夕べには白骨となりぬ・・・・

533 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/13 23:59
あなかしこ、あなかしこ

534 :ぶーちゃん ◆nln5ICgTos :04/04/14 00:00
>>529
どちらもあまり偉いとは思いません。
むしろ、鎌倉時代なら、道元、興正菩薩叡尊、忍性、一遍などのほうが偉いと思います。

535 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/14 00:02
白骨の御文章はこころにしみ入るような美しい文章だと、
「黒い雨」の登場人物はいいます。

536 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/14 00:06
白骨の御文章は、ほんとにこころにしみ入ります。
真宗のお葬式では、あれを読むのですが、室町時代末期に書かれたものであるにもかかわらず、
なにをいっているのか、みんな分かるようです。
さまざまな教育水準のひとがいあわせますが、みんなあれをわかってきいています。
カトリックの祈りも全部、文語のままでいいのです。

537 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/14 00:13
御文は、室町時代末期に書かれています。
わかりやすいことばで蓮如が書いたのです。
読めばだれでも分かります。口語にする必要などありません。
ちゃんと、あれを仏壇の前で読み上げている門徒の家では、
義務教育しか受けていないひとだって、わかって読んでいます。

カトリックの文語の祈りは御文よりも、もっと分かりやすいです。
文語の祈りが分かりにくいなどということは、あり得ません!!
文語ではむずかしいから、「分かりやすい」口語にしてしまうなんて、
人をバカにするにもほどがあると思います。



538 :ぶーちゃん ◆nln5ICgTos :04/04/14 00:15
ラゲ訳最高!

539 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/14 00:16
り〜ずは「公教会祈祷文」の完全復刊を希望します。

口語は、廃止!!
必要ありません。

540 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/14 00:26
「公教会祈祷文」を、旧仮名遣いで出すべきです!!
文語文の仮名遣いを新かなにかえてしまうなんて、
おバカにもほどがあります!!

541 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/14 00:29
カトリック教会には、天皇陛下のための祈りというものはないのでしょうか。
戦前からなかったのでしょうか。
それとも、戦後になって、例のおバカを発揮して省いてしまったのでしょうか。
もしも、戦前に天皇陛下のための祈りがあったのなら、それも当然、復活させるべきです!!

542 : ◆IbYG6dQTTc :04/04/14 00:33
>>456
主エス様にお会いすれば悲しみはきえる。主ご自身が涙をぬぐってくださる。
>>458-461
真実な主は耐えることができない試練を与えることは無い。脱出の道をも備えて下さる。
第一コリント-----------------------------------------------------
10:13 あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。
神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。
むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。
10:14 ですから、私の愛する者たちよ。偶像礼拝を避けなさい。
-------------------------------------------------------------


543 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/14 00:36
たとえば、現代のマスコミでは、
天皇陛下に対する敬語が規制されています。
「御幸」「御製」などの言葉が使えません。
「皇太子殿下」と普通にいえばいいところを、「皇太子さま」などといっています。
その上「東宮殿下」といってはならないことにもなっています。
「勅使」という言葉も使えません。
「玉座」もダメです。
なんで、こんな規制があるのかわけがわかりません!!
こんなことはやめましょう。


544 : ◆IbYG6dQTTc :04/04/14 00:38
>>541
確かに聖書にこうある。千年以上天皇制が維持されてきたのには何か意味があるのかもしれない。
天皇は昨日アメリカ副大統領と会談をしていて、イスラムテロリストに捕らえられた「臣民」を気遣う姿勢を見せた。
ただし、天皇も救いを必要とする罪人であり、救われるためにイエス・キリストを信じる必要がある。
いま滅びに向かっている天皇と、日本の民の為が救われるように祈ることは正しい事である。

ローマ  13: 1新改訳 -----------------------------------------------
人はみな、上に立つ権威に従うべきです。
神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられたものです。
ローマ  13: 1 新共同訳
人は皆、上に立つ権威に従うべきです。
神に由来しない権威はなく、今ある権威はすべて神によって立てられたものだからです。
----------------------------------------------------------------------------


545 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/14 00:48
教育勅語を復活させましょう!!

教育勅語はカトリックの教えによく合致していると思います。


546 : ◆IbYG6dQTTc :04/04/14 00:53
>>497-498
主イエス様が信じる者に永遠のいのちを約束してくださった。
†ローマ----------------------------------------------------------------
10:9 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、
あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、
あなたは救われるからです。
10:10 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。
10:11 聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」
10:12 ユダヤ人とギリシヤ人との区別はありません。
同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。
10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」のです。
-------------------------------------------------------------
ヨハネによる福音書
3:15 それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」
3:16 神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。
それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

6:40 事実、わたし(イエスさま)の父のみこころは、子を見て信じる者がみな永遠のいのちを持つことです。
わたしはその人たちをひとりひとり終わりの日によみがえらせます。」
6:47 まことに、まことに、あなたがたに告げます。信じる者は永遠のいのちを持ちます。
-------------------------------------------------

547 :名無しさん@3周年:04/04/14 18:36
>>545
教育勅語はカトリックの教えに合っているでしょうか?
そうは思えません。

教育勅語は社会維持のための倫理道徳です。
個人は社会(というか天皇だけのため)のための存在という
傾向が強いじゃありませんか。

イエスの教えはもっと一人ひとりの自覚に基づいている
と思います。大上段から振りかざすのは、違うような気がするのですが
いかがでしょう。

548 :名無しさん@3周年:04/04/14 19:15
二世代前の聖公会祈祷書には、天長節特祷(叙唱)が載ってまつ。
しかし、ホーリネスほど酷い目に会った訳じゃないけれど、第二次大戦
中の聖公会弾圧を、聖職団も古参信徒も恨みに思っているから、当分は
復活することはないだろうな。
個人的には、天皇陛下を恨むのは筋違いだと思うけれども、皇室と軍国
主義が一体だった以上、やむを得ないのかな。

549 :名無しさん@3周年:04/04/14 20:48
カトリックの復活徹夜祭の盛式共同祈願には
国を治める人々への祈りがある
今年その文言がすごくじーーんときた

550 :余白:04/04/14 20:52
「文学になった神学」
『風(プネウマ)』誌66号掲載文 井上神父の言葉に出会う(九)
http://www.d6.dion.ne.jp/~hirata5/kotobanideau9.htm

551 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/04/14 20:55
―盲人は見え、足なえは歩き、らい病人はきよまり、耳しいは聞こえ、死人は生きかえり―
―多くの財産のある者に、貧しい者に分けよと言われた―(わたしにつまずかない者は、さ
いわいである)

天では、苦しんでいる者、富んだ者、貧しい者がいません。そのことに大いに喜んでいる世界
なのです。罪があってイエス・キリストを信じることができない。なぜなら、罪なき天では、
神がそのようにされることを大いに喜ぶ世界だからです。自分を忘れて、自分の所有物のこと
も忘れて、苦しんでいる者が苦しまなくなったのを喜ぶような、優しいこころが満ち溢れた国
なのです。やがて主になる方を地上で主とすることが天国への道なのです。地上をまことと思
うこと、その他のものを主としては天国に入れません。

地上をまことと思い、自分の権威や栄華、金銭や富を愛するこころのまま、仕事などの行為に
及んではなりません。「何事でも人々からしてほしいと望むことは、人々にもそのとおりにせ
よ。」という律法に従うことが必要なのです。人々から益を得たいならば、人々に益を与える
こころに従うこと。

神より自分の欲望に従うなら、そのこころのまま死後も保ち、悪しき者に従い、天国に入れな
いでしょう。

552 :名無しさん@3周年:04/04/14 23:51
>548
戦前のご苦労お見舞いいたします
それにしても日本基督教団ってなぜ今だに存在しているのでしょうか
大政翼賛会とか産業報国会とかが今もあるようなものですよ
自分がクリスチャンだと勘違いしている信徒さんも多いし
統一原理、末日聖徒、日本基督教団はキリスト教ではありません

553 :名無しさん@3周年:04/04/15 02:11
どこが正しいキリスト教ですか


554 :サロメ ◆sqHnb0/6.o :04/04/15 02:15
ニッキの正体

戦争直後の一九四五年、ドイツの「福音教会」が南ドイツのシュトツトガルトで
「罪責告白」を行なってから二一年後の一九六六年、「日本基督教団」は
「戦責告白」を行ない大きく左旋回した。「日基」は中核派の教会幹部たちに
よって、天皇制反対、成田空港建設反対、部落差別反対、資本主義反対、
靖国反対などのいわゆる「社会派」路線に乗せられた。一九六九年秋には
大阪万博(一九七〇年)でのキリスト教館設置案に反対するゲバ棒、
ヘルメット姿の牧師たちが大阪、東京で教団集会を「粉砕」した。



761 :サロメ ◆sqHnb0/6.o :04/04/15 01:19
ニケア・コンスタンチノポリスの「信仰告白」を尊重する「教会派」は少数、
それにたいして政治的実践に走る「社会派」が多数となった。これは、
二〇世紀後半世界の左傾化を教会において具現した姿だった(今日さいわい、
信仰の基本を守ろうとする「教会派」の「福音主義連合」が少数ながら勢力を
挽回しつつある)。


555 :名無しさん@3周年:04/04/15 09:23
>>554
うそをついてはいけませんね

556 :名無しさん@3周年:04/04/15 18:28
>>550
神学よりも文学というのは慧眼と思います。
聖書は文学、詩だと思われます。

しかし、カトリックを含む「キリスト教」は
そういうふうには解釈してなかったと思います。

557 :名無しさん@3周年:04/04/15 18:33
>>556
そうでもありませんよ。
例えば、旧約聖書神学の一分野として、古代イスラエル文学の研究があります。
つまり、聖書の中の知恵文学(それこそ文学)を研究したり。
また、旧約聖書そのものを読むのに、古代イスラエル人の文学を研究したりもします。
もっといいますと、礼拝の中で語られる説教にしても、
「説教文学」という言葉もあるくらいです。
新共同訳聖書の翻訳委員の中に、著名な国語学者がいて、
文学的な研究をしながら翻訳されたことは、知る人ぞ知る事です。

むしろ、聖書をかたくなに教条的に取り扱おうとするのは、
悪名高き福音派の人たちだけではないか、と思います。

558 :名無しさん@3周年:04/04/15 18:40
新約聖書の、とくに福音書を文学と考えることは
ほとんどしないでしょう。リベラルなプロテスタントでは、
奇跡物語を象徴として解釈したりするみたいですが。

559 :名無しさん@3周年:04/04/15 18:43
>>558
私は、特にリベラルと言うほどの教会に行っているわけではないのですが、
「ルカ文学」とか「ヨハネの文学」という言葉を聞くことはありますよ。
それが普遍的だとは思いませんが、しかし一部の教会、あるいは牧師は、
そういうとらえ方で読んでる人も、確かにいると思います。

560 :名無しさん@3周年:04/04/15 18:45
「ルカ文学」「ヨハネの文学」はじめて知った言い回しです。
驚きでした。ありがたいです。

561 :名無しさん@3周年:04/04/15 18:50
確か、そういう本も出ていたと思いますよ。講談社だったかな?
題名は、確か「ヨハネによる福音書」とかそんなものだったと思いますが、
中身は文学、あるいは文芸評論みたいなものだったと記憶しています。
でも、もう売ってないかも。

562 :名無しさん@3周年:04/04/15 18:54
>>556
旧約聖書学では近年、文学としての聖書を重視する
New Literary Criticismというアプローチの方法が盛んですよ。
以前は歴史批判的なアプローチ方法が重視されていましたが、
新しいアプローチ方法が盛んになるにつれ、旧約書の歴史書
としての価値を疑う学者(シェフィールド学派)と結びついて
色々と喧しい議論が行われています。


563 :名無しさん@3周年:04/04/15 18:57
>>562
フォン・ラートはもう古い、ということでしょうか。
オルブライトの線でもなく?
代表的な人は、誰ですか?
教えて君ですみませぬ。

564 :名無しさん@3周年:04/04/16 14:19
日本人に合ったキリスト教こそ
『浄土真宗』です


565 :名無しさん@3周年:04/04/16 14:20
いや幕屋だろ?(w

566 :名無しさん@3周年:04/04/16 17:58
あのヘアスタイルはちょっと・・・w

567 :名無しさん@3周年:04/04/16 18:30
>>564
浄土真宗がキリスト経だと思い込んでる人たちでつか?

 1.その根拠は? 
 2.理由は?   みんなにわかり易く説明してくらまい。


 思い込んだら信仰ってことないだろ?

568 :名無し@3周年:04/04/16 18:32
      ,一-、
     / ̄ l |   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    ■■-っ < >>564んなーこたーない
    ´∀`/    \浄土真宗は浄土真宗であってキリスト教とは違う
   __/|Y/\.    キリスト教は本来、無条件の愛の教え・・・
 Ё|__ | /  |    従って世界中誰にでも合う
     | У..  |   ____________________


569 :名無しさん@3周年:04/04/16 19:57
キリスト教=恩を知らぬ者にも悪人にも、なさけ深くありなさい。
      自分の条件に合う、合わないに関係なく人を愛しなさい。

  全世界共通の幸福の条件


 それで浄土真宗は何?  人に優しくする者は好かれるけど
             人前で南無阿弥陀仏を唱えると嫌われるよ

570 :名無しさん@3周年:04/04/16 20:36
>>569
別に人前で唱えるものではないが。。

人に優しく?するのがキリスト教でしょうか?

571 :名無しさん@3周年:04/04/16 20:37

むしろ、啓示された事柄を信じて、神の御心を行うことが

キリスト教でしょうね。


572 :名無しさん@3周年:04/04/16 20:38
>>570
569氏は、「人を愛する」と言っているだけで、
「人に優しく」とは一言も言っていないわけだが。

573 :名無しさん@3周年:04/04/16 20:43
>>572
下から2行目に「優しく」って書いてあるよ。

574 :名無しさん@3周年:04/04/16 20:44
キリスト教には啓示がある。
ヴィジョンが予め示されているんですよ。
だから、ただ、みんなをそのままに受けいれよう、というような
ものじゃない。厳しい命令が待っている。

575 :名無しさん@3周年:04/04/16 20:48

真宗とキリスト教は似ているが、全然違うものだよ。

よく調べて御覧なさい。>>564


576 :名無しさん@3周年:04/04/16 20:54
>>564
なぜそんなこと言うの?理由は?

577 :名無しさん@3周年:04/04/16 21:01
やさしく受けいれてくれる母なる存在、、、っていうと、
キリスト教っぽくないような感じになるな<遠藤周作氏&井上師
むしろ「浄土真宗的なやさしさ」に近い。

キリスト教は契約と、イエスの一度きりの
全人類の贖い、っていうところがポイントなわけですし、ね。

受容するという存在と、啓示して命令する存在は、
同一の存在として扱えるのかな?という気がする。


578 :名無しさん@3周年:04/04/16 21:22
イエスは厳しい父って感じ
阿弥陀は優しい母って感じ 甘やかしすぎて天国の試験にパスできない
             子を育てるって感じ



579 :名無しさん@3周年:04/04/16 21:56
>>578
真宗には天国の試験という発想はない。

580 :562:04/04/16 23:13
>>563
フォン・ラートは五書(六書)について伝承史的アプローチを使って
最新文書仮説の限界に対して新しい道筋をつけた人ですが、JやPの存在を
やはり伝承史的アプローチによって否定したレントルフなどの人もおり、
必ずしも伝承史的アプローチが古いというわけではありません。

ただオールブライトやフォン・ラート以後の考古学の発展によって
イスラエルの起源、王制の出現、族長や出エジプトについての評価がかつて
とはがらりと変わってしまったため、史的探求について文献批判に対する
評価が相対的に下がってしまったということでしょうね。

そういう歴史批判的アプローチに対する評価が相対的に下がったことに
あわせて、文芸学的アプローチを重視する学者が増えてきたということです。
代表的学者の本としては例えばR.Alter,The Art of Biblical Narrative
などが優れています。日本語による簡単な解説としては木幡/青野編
『現代聖書講座』第2巻第1部第2章“文芸学的方法”(飯謙解説)があります。

581 :名無しさん@3周年:04/04/18 15:34
>>578キリスト教の神は、自分を拝む奴はどんな奴でもOK。
拝まない奴へは迫害する。
なんか苦力の主人のような神だ。こわ
そんな神が入る余地はこの日本にはないって。

582 :名無しさん@3周年:04/04/18 16:00
>>573
それは、浄土真宗に対して言われているわけで。
「キリスト教」の文脈ではないわけで。

583 :名無しさん@3周年:04/04/18 17:52
>>581
圧迫感があるのは確か。
解放されると思いきや、命令づくしでしょう。
あれしちゃダメ、これしなさい、みたいな・・・。




584 :名無しさん@3周年:04/04/18 17:54
絶対者の啓示に基づく宗教だから、
それは仕方がないかもしれないけどね。

585 :名無しさん@3周年:04/04/18 18:01
絶対的創造者が、無条件の愛を啓示する、というのは
なにか収まりのわるい、へんな感じがあるのだ。

超・絶対的、非創造者が、無条件の愛であった、と知らせる、
のであれば理解できるんだがなあ。

586 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/18 21:37
ttp://www.biwa.ne.jp/~kebuta/MIDI/MIDI-htm/RikugunBunretsuKoshinkyoku.htm

587 :名無しさん@3周年:04/04/18 22:48
>>586
その曲、聴きましたがビートルズのほうが良いです。


588 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/18 23:03
わたしもビートルズ好きなんです。
とくに「オブラディ・オブラダ」が好きです!!

589 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/18 23:05
り〜ずのテーマは実は陸軍分列行進曲ではないのであって、
アイム、オンリー、スリーピングなのです!!

590 :名無しさん@3周年:04/04/18 23:06
オブラディ・オブラダをカラオケで絶唱すると、

気分がいいですね。「オブラディ・オブラダ」って

何かの呪文でしょうか。

591 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/18 23:09
り〜ずはリボルバーとラバー・ソウルが好きです!!
普通ですが・・・・

592 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/18 23:10
ビートルズとローリング・ストーンズでは、比較にならないですね。
ビートルズの方がずっと音楽の幅が広いし、
たのしいし、かわいいし、ときにかなしいです!!

593 :り〜ず ◆HNUDYzuu5k :04/04/18 23:12
り〜ずはジミ・ヘンドリックスのどこがそんなにいいのかわかりません!!


594 :名無しさん@3周年:04/04/20 15:10
>>593
あんたがわからないということと
世間の評価とは関係ない。

595 :名無しさん@3周年:04/04/20 15:12
>>592
違う音楽を同じ土俵の上で比較対照してどーすんねん。

596 :名無しさん@3周年:04/04/24 04:09
血の消防、GLA・TL、不幸の科学、オウムなど
仏教と基督教を軸にしている宗教がオバカさんたちには受けるのです

597 :名無しさん@3周年:04/04/24 19:30
先祖祭祀を認めればあっという間に広がりそうだ。

598 :くしこ:04/04/24 23:49
一番簡単な方法としては、対象者の心が飢え乾くように仕向けることです。
そこに甘いささやきを用意する・・・。というのが手っ取り早いですね。

しかし、本人が飢え乾きに慣れてしまっていると、
ダメになる場合も多いので、
対象者が置かれた立場がいかに不幸であるか、
それとキリストを結びつけ、
知らぬことにより生じているリスクを説明するんです。

この不安定な時代、キリスト教は日本人に付け入る隙があると思います。
でも、日本人ってそういう時は自然に回帰しようとしますから、
逆手にとって、その自然を作ったのはキリスト教の神だ。
飢え渇くのは愛を求めてるからだ、
自然にそれを求めるのは単に逃避だ、
逃避しても無駄だと、淡々と説明してみてくださいな。

本人の中にうまく入り込んで、適当に隙を見せておくのも、
宣教には大切なことです。
「こんな私でも愛してくださる神がいるんだよ」って・・・。

599 :名無しさん@3周年:04/04/24 23:57
>>594 の意見に賛成です。

600 :名無しさん@3周年:04/04/25 00:15



さて、日本人種の未来についてだが、

現在の日本の国際結婚率が約5%だから、
新生児の約5%が異種との混血児と推測できる。
平均的に約30才で子供を出産したとすると、
30年で5%ずつ日本人の血が異種の血に占められていく訳だから、
このペースで行くと、約300年後には、日本人の血の半分は
異種の血で占められてしまい、現在の日本人とは

全 く 違 っ た 人 種 に な っ て し ま う 。




601 :名無しさん@3周年:04/04/25 16:02
キリスト教を取り入れた宗教は全て電波系

602 :名無しさん@3周年:04/04/25 16:17
おまいら、大変ですよ!

ttp://www.tatunet.ddo.jp/free77/joyful/img/3648.jpg

603 :くしこ:04/04/25 16:23
>>600元々混血人種という説もありますから・・・。
どうでもいいことだと思いますよ。

>>601ある意味素敵な現象でつね。

604 :名無しさん@3周年:04/04/25 17:08
素敵な現象でつね。


605 :名無しさん@3周年:04/04/25 18:08
>>602 確かに大変でつね。


606 :名無しさん@3周年:04/04/25 20:31
>>598
究極のマインドコントロールですな。

607 :名無しさん@3周年:04/04/25 20:56
不安定じゃない時代なんてあたっけ?

608 :名無しさん@3周年:04/04/25 21:00
日本には昔から神仏がおられるから、キリスト教のような外来宗教は不要

609 :名無しさん@3周年:04/04/25 21:10
>>608
それの信者さんたちがさんざんアジア諸国に迷惑をかけてきたわけだが

610 :名無しさん@3周年:04/04/25 21:14
>608
キリスト教の被害者に比べたら、たいした数ではない

611 :名無しさん@3周年:04/04/25 21:14

最近暗いね

612 :名無しさん@3周年:04/04/25 21:16
そうだねキリスト教は日本には要らないスレになってきて
排除的で暗い

613 :名無しさん@3周年:04/04/25 21:17
すみません
610の>608は>609の誤りです
部屋いっぱいの黄金を差し出せば命は助けると言った約束を破り
インカ皇帝を殺したキリスト教徒

614 :名無しさん@3周年:04/04/25 21:18
ベトナムで仏教徒に大弾圧を加えたキリスト教徒

615 :名無しさん@3周年:04/04/25 21:19
キリスト教徒同士の内紛も非常に醜い
KKK=プロテスタントはカトリック教徒をリンチ&虐殺

616 :名無しさん@3周年:04/04/25 21:19
キリスト教徒=朝鮮人

617 :名無しさん@3周年:04/04/25 21:20
アダルトチルドレン?

618 :名無しさん@3周年:04/04/25 21:23
616=50代or60代
年齢だよ

619 :名無しさん@3周年:04/04/27 15:08
>>596
層化が、あるよ。
層化は、日蓮を、隠れ蓑にして、
その実態は、マスゲームだよ。

620 :名無しさん@3周年:04/04/27 15:13
カトリック系=長○県とかに多く見られる。
カトリック系は、どちらかというと隠れキリシタンが多い。

プロテスタント系=アメリカの宣教師の影響と、
某韓国系の影響が多い。

>>616
に書いてあるように、キリスト教のプロテスタントには、
韓国・朝鮮の影響が強いのは不思議である。

>>596
G○○・○Lなどの、参加者には、
なぜか、独特の雰囲気(←なぜか変換できる)の人が多い。

621 :名無しさん@3周年:04/04/27 17:39
>598こんなわたしでもなんだっけ、
とにかくさこんななんやらかんとかで近頃クリになるやつはおらん!
断言できる!
今は様様な方面からくんくん鼻をきかせてくるから
そんなおためごかしな何時の時代だよ的理由では
こんよ

622 :名無しさん@3周年:04/04/28 00:28
>>598
そういう方法で、
北朝鮮による拉致被害者のYさんの場合は、
加入されたのかもしれません。

623 :名無しさん@3周年:04/04/28 16:29
決め付けちゃいや
失礼な人いや

624 :名無しさん@3周年:04/04/28 16:34
日本人には向いてない予感。

625 :名無しさん@3周年:04/04/28 19:58
マリア像にポンプ仕込んで一定期間に血がふきだすようにすればイベント性
がでて現代日本人に大うけ

626 :名無しさん@3周年:04/04/28 22:08
>>625
血というのが漏れ(日本人)の感性に合わない。

627 :名無しさん@3周年:04/04/28 22:21
血は大事である
血が汚れると様様な病気が襲ってきて
苦しいのである、
キリスト教の血とは・・・
なんじゃり?

628 :名無しさん@3周年:04/04/29 01:00
血はケガレです

629 :名無しさん@3周年:04/04/30 21:55
バプテスマといわず「禊ぎ」といったほうがウケル?

630 :名無しさん@3周年:04/04/30 22:09
「洗い」でじゅうぶん

631 :名無しさん@3周年:04/04/30 22:11
行水

632 :名無しさん@3周年:04/04/30 22:13
水洗式

633 :名無しさん@3周年:04/04/30 22:19
スケスケ入信のイニシエーショソ

634 :名無しさん@3周年:04/05/03 22:53
まじで「日本人に合ったキリスト教」は在り得るのか?

635 :名無しさん@3周年:04/05/03 22:56
犬笑貝です

636 :余白:04/05/04 19:44
>>634
それを信じて模索してるんですがね。

637 :名無しさん@3周年:04/05/04 19:54
>>632 広島市みたらし教会 ですか?

638 :名無しさん@3周年:04/05/04 19:59
三択でいうと
1.今までどおり直輸入舶来品路線突っ走るのか
2.少し日本向けに味付け変える町の洋食屋路線へ変更するのか
3.まったく純和風とはいいがたいがそれっぽい和風ファミレス路線へ変更するのか
どれがベストなんでしょうね。
1.は今までやってきて行き詰まってるし、2.もある程度やってきてあまりうまくいってないし、
3.にしたところで目先の新しさだけの気もするし。

639 :名無しさん@3周年:04/05/05 11:25
んー。。2かな。2の1。

色々考えるとスゲー難しい課題ばっかりになるけど、
一番簡単なのは、原理主義なトコを持ちつつ断りを入れて説明することじゃないかな。
この板にいるコテのような、あいまいな点を無理矢理こじつけて信じきってるような
人を見るとどうしてもイカレテルように見えるからさ。
かなりかなり極端に言うと、聖書は嘘だと言っちゃえばいいと思う。嘘というか、
嘘も混じってるというか。

日本人だって日本アルプスの山々や森を見ると聖霊がいるように感じたりするし、
俺はそういうところからあいまいな点でも納得してるんだけど、そう説明しても
通じなかったりしてフツーの人にはやっぱあり得ない事を信じてるイカレタ宗教
ってイメージがあるから。

640 :名無しさん@3周年:04/05/06 17:18
時々テレヒ゛でキリスト教の番組を見ますが
言っていることはほとんど真宗の説教とそっくり
特にカトはひどくキリストてどんな罪人でも救って
くれるって言ってるけどそれって真宗じゃなかったの?

641 :名無しさん@3周年:04/05/06 17:25
>>640
「心のともしび」ですか?

日本のカトリックは、はっきり言って、真宗化していると思う。
公式見解はともかく、神父さん方の個々の見解はとくに。


642 :名無しさん@3周年:04/05/06 17:25
>640
真宗よりキリスト教の方が古い

643 :名無しさん@3周年:04/05/06 17:39
ルターよりも法然・親鸞のほうが古いですね。

カトリックは洗礼を受けても、告解・免償を経過しないで
大罪状態で死ぬと、地獄に落ちるといわれていたのでは?


644 :名無しさん@3周年:04/05/06 18:12
日本に布教に来た宣教師たちが真宗のことを知って、
「ルターの異端が我々よりも先に・・・」と驚いたとか。

645 :名無しさん@3周年:04/05/06 18:22
>>644
それは面白い逸話ですね。

カトリックは自力で善行を積み上げ、それを頼みに天国へいく、
という信仰があり、自力で善を行う助力を聖人にこいねがう、
という話だったはずなのに、最近は違うようです。

646 :名無しさん@3周年:04/05/06 21:25
>>641
イエス・キリストと唱えれば、天神地祇も敬伏し、魔界外道も障礙することなし、
ですか。
真宗には和讃というものもありますな。

647 :くしこ:04/05/06 22:13
>>636私の言う方法でやったらいちころですよ。
日本人は。

648 : (・∀・):04/05/06 22:51
>>647
へ〜へ〜へ〜 

いちころ?
そりゃすごいね

649 :名無しさん@3周年:04/05/07 02:47
日本人に合ったキリスト教が2ちゃんで開発されんのは
なんかいやかも
できればこそりとひそやかに日本人に合ったキリスト教が
営業していればいいなと

650 :名無しさん@3周年:04/05/07 10:38
自然(じねん)的なものへ回帰する志向は強いですよ。日本人て。
遠藤周作氏ですら、すべてのものがガンジス河に流れ着く、
というようなモンスーン的な信仰にたどり着いてしまいました。

651 :くしこ:04/05/07 18:46
>>648 >>598参照。
それから北朝鮮をけしかけて日本を侵略させましょう。
すると、日本人は始めて隷属状態に置かれるわけで、
しばらく20年ぐらいこの状態にした後、アメリカに攻撃させる。

キリスト教はこの後に導入させれば50%以上は確保できるはずです。

652 :名無しさん@3周年:04/05/07 20:32
彡川三三三ミ
 ┬r─────-┐    川川 ::::::⌒ ⌒ヽ
 || |  ̄ ̄ ̄ ̄ | |   川川::::::::ー◎-◎-)   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 || |::::::.... ,,,,,,,,.||   川(6|::::::::  ( 。。))  │ これでこの板のクソどもは
 || |;;;;;;;;;;;;;;;;;  ||  川川;;;::∴ ノ  3  ノ   <  俺が名スレ立てだとわかったな(プ
 || |     .  ||      \_;;;;;;;;;;;;;;;;ノ    │ 今夜もこのスレで自作自演だ。
 || └───- ┘|    r''" `'-、     ヽ    \___________
 コ┴───-┬─┘  / `ヽ  /  '^'ヘトハト!`ト、
  ̄|| ̄ ̄ ̄ ̄-日-|   | /  〉--''''''''''''''''''''l ノ \
 ヨ .||二二二二二二|_  //,/ |    >>1_  |入_, /
  ̄〔`-、キキキキキキキキ`-| ,/ /    |___| | `'/
. 二二二二二二二二二|/  |l__ /三/_|''''′
        __|_,、,、/  l| /  ̄||三|
   / ̄ ̄    `''`'l   |l/へ、_,||三|
   | `\`''-、     〈、  j-二==-||三|
   |l  ``'''ニ=-──┤`Y_,,,,,,ム..ノ゙||三|、
.   | l   /    |  ノ`''{===f==i==イ=ヲ''
  || l  |    |  |  ノ |、[ ̄|  | |
  | l. |    |  l|ト,ヽ | 「''-'1 ||
 _|  ヽ 」--''''''''`'''''--..,,,,||   | ||





653 :やっぱりキモい:04/05/07 20:55
    ∧_∧
    ∞∞∞        ∧ ∧         ∧ ∧       ∧ ∧         ピ タ
   ( #゚ё゚ )       @@@@@        (ノノ人ヽ      888888        ∧_∧
      )  (        ( ´)ε(` )       (ロ⊆ロ )     (´・ω・`)       ( ´Д` )
  /⌒~   ~⌒ヽ    /⌒    ⌒\    /⌒ `´  ⌒ヽ   /⌒    ⌒ヽ    /    \
  i i       i i  /(,,       ,,)ヽ  | i       i |   | |     | |    | |    | |
  | |      | |  | /         ヽ |  | ヽ     ,ノ |  | |     | |    | |    | |

654 :名無しさん@3周年:04/05/08 00:28
>>651
>日本人は始めて隷属状態に置かれるわけで、

あのー。太平洋戦争のあと、占領下にあったわけですがー。
いっぱいレイプなんかもされてますがー。

655 :名無しさん@3周年:04/05/08 22:16
アメリカの比ではないかもね。
だって北朝鮮だもん。話しても理解してくれなさそうな人々だからね。

656 :名無しさん@3周年:04/05/08 22:20
結論から言うと、日本にはキリスト教は合わない
悪魔の宗教は神国に入れるべきではない。

657 :くしこ:04/05/08 23:55
>>645非キリスト教徒に、それも比較的長期間でないと意味がありません。
北朝鮮に長期間占領されたら変わりますよ。

658 :名無しさん@3周年:04/05/09 03:12
イエスは見事な大岡裁きをするから、そういうところは日本人の
メンタリティには受け入れやすいはずと思う。


659 :名無しさん@3周年:04/05/09 03:21
>>657
「初めて」の言い訳にはなってないね

660 :名無しさん@3周年:04/05/09 04:29
日本人といっても今の日本じゃ十人十色。
ひとくくりに日本人に合ったキリスト教を問うなんて
ピント外れの発想じゃないの?

661 :名無しさん@3周年:04/05/09 04:38
スレの存在意義が全否定されますた。   
よって                   

====終 了====

662 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/05/09 11:02
人が死によって身体を失うように、地上を貪るこころは死とともに滅びる。それは、人が
罪によって得たものであって、善悪の知恵から得たものへのこころは全て天国に入れない。

何が残るか?その残るこころに従うのが永遠の命に至る道であって、人のこころが残るも
のに従うよう教えるのが、信仰といえるのです。
―盲人は見え、足なえは歩き、らい病人はきよまり、耳しいは聞こえ、死人は生きかえり・
・・それらの奇跡を起こされた。多くの財産のある者に、貧しい人々に分けてあげなさいと
言われた―

それらは、天国で行われることになっており、天の父がなされることを地上で現されたイエ
ス・キリスト。天では、それらのことがまことと思うこころがあり、困った人々、苦しんで
いる人々、富んでいる人、貧しい人もおらず、皆平等に幸せになったことに喜ぶこころもあ
るから、「みこころが天におこなわれるとおり、地にも行われますように。」と祈り求める
こころは天国に入る。しかし、地上を義とするこころは、天国に入れない。

死の思いは罪からきており、実は天と地はつながっている。死という状況変化にも、地上で
御言を受け入れているこころは、永遠の命へとつながっているのです。


663 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/05/09 11:04
「天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも、正しくな
い者にも、雨を降らせて下さるからである。〜あなたがたの天の父が完全であられるよう
に、あなたがたも完全な者となりなさい。」
「いと高き者は、恩を知らぬ者にも悪人にも、なさけ深いからである。あなたがたの父な
る神が慈悲深いように、あなたがたも慈悲深い者となれ。」イエス

「あたかも、母が己が独り子を命を賭けても護るように、そのように一切の生きとし生け
るものどもに対しても、無量の慈しみのこころを起こすべし。また全世界に対しても無量
の慈しみの意を起こすべし。上に、下に、また横に、障害なく怨みなく敵意なき慈しみを
起こすべし。」ブッダ

「敵を愛し、憎む者に親切にせよ。」イエス 敵意、憎しみは天国にはないから、敵意の
ある者、憎しみのある者は天国に入れない。御言は、天にあるものを示すことばだから、
受け入れるこころは永遠の命に至る。敵意、憎しみに満ちた人のこころは、死後も天国を
受け入れることができない。

ブッダは修行を完成させ、無量の慈しみのこころを起こし、永遠の命に至る道を説くのだ
が、イエス・キリストは御言を受け入れ、「みこころが天に行われるとおり、地にも行わ
われるように。」と祈り求める宗教活動によって、誰でも永遠の命に至ることのできる道
を示された。


664 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/05/09 11:05
南無妙法蓮華経を唱えるよりも、読経をするよりも、「あなたがたが、人々のあやまちを
ゆるすならば、あなたがたの天の父も、あなたがたをゆるして下さるだろう。」「何を食
べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。」イエス そ
のことばに従うこころのほうが、永遠の命に近づく。なぜなら、命の国は全てをゆるす国
であり、衣食住にも思いわずらうこころがない国だから。何かを唱えることも、食べるこ
とへのこだわりも、自己の所有物への執着も、この世からきている。

「一切の生きとし生けるものは、幸福であれ、安穏であれ、安楽であれ。」ブッダ
永遠の命に通じるそのこころは、そのことばを語っても得られない。

全ての人々が「敵を愛し、憎む者に親切にせよ。」「自分を愛するようにあなたの隣人を
愛せよ。」などの御言を地上で受け入れ、「天にいますわれらの父よ、御名があがめられ
ますように。御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますよ
ように。」と祈り求めるように、イエス・キリストがあがめられ、地上も平安がきますよ
うに祈るこころが永遠の命に通じる。


665 :名無しさん@3周年:04/05/09 12:23
八百万の神の一員としてキリストが存在するという形なら
日本でも受け入れられるであろう。

666 :666:04/05/09 12:27
666
今日こそゲットさせていただきます。

667 :名無しさん@3周年:04/05/09 12:30
>>665
それはインドで仏教が虫の息になった過程に匹敵するが。

668 :名無しさん@3周年:04/05/09 13:00
>>667
すでにというか昔から、日本ではキリスト教は虫の息でしょう。
あと、小西真奈美はモンチッチに似てる。

669 :名無しさん@3周年:04/05/09 13:22
仏教は元々来たインドで発生し、ヴァルダナ朝までの各時代の中で発展を遂げたが、
それにいたるまでに原始仏教は次第にヴェーダ社会に溶けて行き、
最終的には仏教的な痕跡は「神々のひとり」にまで貶められた。
加えて使徒トマらによるキリスト教の流布や、イスラームの北インドへの侵入もあり、
インド亜大陸の仏教社会は衰退していった。

主にシンハラ人(スリランカの主要民族)が上座部仏教を受け継いだ以外は。

670 :名無しさん@3周年:04/05/09 13:34
>>669の続き
日本はインドほどの激しい変化を歴史的に(明治以前に)経験していないので、
キリスト教も大乗仏教も、ともに日本社会に溶けて行っても、(一部例外もあるが)
神道の八百万の神々のひとりにまで貶められてはいない。

もっとも、キリスト教は当時の江戸幕府が認めていなかっただけだが。

671 :名無しさん@3周年:04/05/09 16:47
神仏習合って知ってる?

672 :名無しさん@3周年:04/05/09 17:01
>>671
どうせ、信仰よりも支配に関心の向いた「政治家」がやったことだろ

673 :名無しさん@3周年:04/05/09 17:02
信仰で支配しようとする宗教家も似たようなもん。

674 :名無しさん@3周年:04/05/11 16:31
神仏分離は政治家の所業なり。
神仏習合は自然のなりゆき。

ほっておけばカトリックも習合するさ


675 :名無しさん@3周年:04/05/11 17:08
>>674
カトリックならそうなりかねないね。

教皇が止めない限りは。

676 :名無しさん@3周年:04/05/11 23:32
庶民信仰の「仏教」のなかには、インドの神々も多いな。

677 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/05/13 22:21
「偶像なるものは実際は世に存在しないこと、また、唯一の神のほかには神がないことを、
知っている。というのは、たとい神々といわれるものが、あるいは天に、あるいは地にある
としても、そして、多くの神、多くの主があるようではあるが、わたしたちには、父なる唯
一の神のみがいますのである。万物はこの神から出て、わたしたちもこの神に帰する。また、
唯一の主イエス・キリストのみがいますのである。」聖書

「有ると言われる限りの、色かたち、音声、味わい、香り、触れられるもの、考えられるも
のであって、好ましく愛すべき意に適うもの、― それらは実に、神々並びに世人には『安
楽』であると一般に認められている。またそれらが滅びる場合には、かれらはそれを『苦し
み』であると等しく認めている。」スッタニパータ ブッダのことば

ブッダも、神々を超越した真理を説いているので、原始仏教と新約聖書は似たところもある
が、ブッダは「世間は妄執に導かれる。世間は妄執によって悩まされる。妄執というひとつ
のものに一切のものが従属した。」を知り、その世間から離れて、一切の所有物を捨て去り、
神が創造された自然の中で、妄執なき存在になるよう修行を指導された。キリスト教でいう
原罪なき状態になることを目指したのです。

しかし、イエス・キリストは地上で罪をゆるす権威を与えられ、人々は、価なしに、神の恵
みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのです。罪によってできた
この世の中に存在しても、まことを信じ、受け入れることでよいとされたのです。



678 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/05/15 12:31
「世間は妄執によって導かれる。世間は妄執によって悩まされる。妄執という一つのもの
に、一切のものが従属した。」ブッダ
「全世界は悪しき者の配下にあることを、知っている。」聖書

「麗しい白蓮華が泥水に染まらないように、あなたは善悪の両者に汚されません、雄々しき
人よ、両足をお伸ばしなさい。サビヤは師を礼拝します。」ブッダのことばより

神のように善悪を知り、人は賢くなり、人の手でつくられたもので世間が存在するが、その
世間から離れて森に住み、妄執を滅ぼす修行を指導されたブッダ。
「かれは思慮深く、瞑想に専念し、林のほとりで楽しみ、樹の根もとで瞑想し、大いにみず
から満足すべきである。」ブッダのことば

世の初めのように、神の創造されたもので満足し、人間のつくったものに心を引かれてはな
らない、ということはわかるが、聖書には、
「『さわるな、味わうな、触れるな』という規定に縛られているのか。〜からだの苦行をと
もなうので、知恵のあるしわざらしく見えるが、実は、ほしいままの肉欲を防ぐのに、なん
の役にも立つものではない。〜上にあるものを求めなさい。そこではキリストが神の右に座
しておられるのである。あなたがたは上にあるものを思うべきであって、地上のものに心を
引かれてはならない。」とあり、ほとんどの者は、神の創造した自然の中で住み、樹の根も
とで瞑想し、大いにみずから満足することはないと知っておられる。



679 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/05/15 12:32
「『人の子は地上で罪をゆるす権威をもっていることが、あなたがたにわかるために』と言い、
中風の者にむかって、『起きよ、床を取り上げて家に帰れ』と言われた。群集はそれを見て恐
れ、こんな大きな権威を人にお与えになった神をあがめた。」

「そのとき、人々が悪霊につかれた盲人で口のきけない人を連れてきたので、イエスは彼をい
やして、物を言い、また目が見えるようにされた。〜しかし、パリサイ人たちは、これを聞い
て言った、『この人が悪霊を追い出しているのは、まったく悪霊のかいらベルゼブルによるの
だ』。〜あなたがたに言っておく。人には、その犯すすべての罪も神を汚す言葉も、ゆるされ
る。しかし、聖霊を汚す言葉は、ゆるされることはない。また、人の子に対して言い逆らう者
は、ゆるされるであろう。しかし、聖霊に対して言い逆らう者は、この世でも、きたるべき世
でも、ゆるされることはない。」

 神のように賢くなり、人の手でつくられた物と存在するようになった。だから、それらを
 捨て去り、神の創造された自然の中で罪を滅ぼす修行をすると言っているわけではないの
 です。それらは、永遠の命の国にはないのだから、「地上のものに心を引かれてはならな
 い」と聖書には書いてあるが、世間と共に住み、永遠の命の国に入るために最も重要な聖
 霊をも現されたイエス・キリストをまことの人、主と信じる信仰によって罪はゆるされ、
 神の国に入るのです。


680 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/05/15 12:35
「上から来る者は、すべてのものの上にある。地から出る者は、地に属する者であって、地
のことを語る。天から来るものは、すべてのものの上にある。彼はその見たところ、聞いた
ことをあかししているが、だれもそのあかしを受けいれない。しかし、そのあかしを受けい
れる者は、神がまことであることを、たしかに認めたのである。神がおつかわしになったか
たは、神の言葉を語る。神は聖霊を限りなく賜うからである。父は御子を愛して、万物をそ
の手にお与えになった。御子を信じる者は、永遠の命をもつ。御子に従わない者は、命にあ
ずかることがないばかりか、神の怒りがその上にとどまるのである。」

 ― 盲人は見え、足なえは歩き、らい病人はきよまり、耳しいは聞こえ、死人は生きかえ
 り・・・・・・それらの奇跡を起こされたイエス・キリスト ―
 ― また、多くの財産のある者に、貧しい者人々に分けてあげなさいと言われた ―
 
神の国では、病んでいる者、困っている者、苦しんでいる者、富んでいる者、貧しい者別なく
全ての人々が、平等に幸福になることに喜ぶような国なのです。

人間の身体も、肉欲も、この世のものに心を引かれることも、それらは全て滅び去るのです。
それらに対しての思い入れがある人は、心とともに決して神の国に入れない。
地上で天を現されたイエス・キリストを、まことの国を現された人、まことの人、主である
と信じる者は、永遠の命にあずかるのです。

681 :名無しさん@3周年:04/05/18 20:00 ID:d6fygk2J
>カミミタ
もうだれも反応しないよ。

682 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/05/18 22:52 ID:GxiOQbhm
―「森に住み、心静まり、清浄な行者たちは、日に一食を取るだけであるが、その顔色は
どうしてあのように明朗なであるか?」
尊師(ブッダ)いわく、―
「かれらは、過ぎ去ったことを思い出して悲しむこともないし、未来のことにあくせくす
ることもなく、ただ現在のことだけで暮らしている。それだから、顔色が明朗なのである。」

「あすのことを思いあずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日
の苦労は、その日一日だけで十分である。」イエス

永遠の命の国は、自分の権威や栄華、その他のことを求めてあくせくすることはありませ
ん。ブッダは、出家修行によって真理の世界を求めた。しかし、それが無理だとわかって
大乗仏教となってしまい、南無妙法蓮華経を唱えれば功徳が得られるというものなどもで
てきて、「悪魔は善業の功徳を求める者にこそ語るがよい。」ブッダ というブッダのこ
とばからも離れ、何かを唱え、読経をすることが信仰の行いであり、善業の功徳を積む行
為であるというものもでてきてしまった。南無妙法蓮華経がよく、南無阿弥陀仏を唱える
ことが悪いということではありません。それらは、人がつくりだしたものであり、永遠の
命の国にはないものなのです。南無妙法蓮華経をまこととすることで、永遠の命から離れ
てしまうのです。

683 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/05/22 09:47 ID:MwSm9Iy5
「一切の生きとし生ける者をあわれむ修行完成者・ブッダに、罪過は存在しない。かれに
過失(道から外れること)は存在しない。」ブッダ

「『わたしが好むのは、あわれみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、学
んできなさい。」イエス

罪過がないとは、どういう意味か。修行を完成させ得なければならない、この世での仏教
の最終目的「一切の生きとし生ける者をあわれむ」ということをブッダは言われているの
だが、「交わりをしたならば愛情が生ずる。愛情にしたがってこの苦しみが起こる。愛情
から禍いの生ずることを観察して、犀の角のようにただ独り歩め。」とあり、愛情とは別
の愛をいう。

親族に愛情を注いだとしても、自分の気に入らない時には、愛どころか怒りを抱くことも
ある。


684 :カミミタ ◆y7MWjAcJGA :04/05/22 09:50 ID:MwSm9Iy5
「そのとき、人々が悪霊につかれた盲人で口のきけない人を連れてきたので、イエスは彼をい
やして、物を言い、また目が見えるようにされた。〜しかし、パリサイ人たちは、これを聞い
て言った、『この人が悪霊を追い出しているのは、まったく悪霊のかいらベルゼブルによるの
だ』。〜あなたがたに言っておく。人には、その犯すすべての罪も神を汚す言葉も、ゆるされ
る。しかし、聖霊を汚す言葉は、ゆるされることはない。また、人の子に対して言い逆らう者
は、ゆるされるであろう。しかし、聖霊に対して言い逆らう者は、この世でも、きたるべき世
でも、ゆるされることはない。」

イエス・キリストは、ご自身が天の父がなされることを地上で現され、人々は、仏教のように
修行をし、そして完成させあわれみを得るのではなく、見て知ってあわれみを学べと言ってお
られるのです。

永遠の命の国は、困った者も、苦しむ者もおらず、そのことに対して自分のことのように喜ぶ
ような国。自分の肉体も、欲望も入ることはできない。何かを唱えることも、読経もない。
罪から得られたものは全て滅ぼされ、自分自身をまこととすることなく、地上で天の父を現さ
たイエス・キリストを敬う心が入る。そして、愛は滅ぼされることがないのです。

685 :名無しさん@3周年:04/05/22 12:43 ID:ksr12x5/
こういう荒らしがいる限りキリスト教は普及しないだろうね

686 :くしこ:04/05/22 17:53 ID:GsSwxCki
>>659あれ程度では隷属とはいえませんよ。

687 :くしこ:04/05/22 17:55 ID:GsSwxCki
>>685それでいいんですよ。日本は。

688 :名無しさん@3周年:04/05/22 19:52 ID:xR2/Z0oH
>>685
お前らみたいなボケナスと違い、言ってることわかるぞ682−684

689 :名無しさん@3周年:04/05/24 22:46 ID:vp7zWcq0
>>628
>南無阿弥陀仏を唱えることが悪いということではありません。
それらは、人がつくりだしたものであり、永遠の命の国には
ないものなのです。

南無阿弥陀仏は人間が作り出したものではありません。
罪を作るしか生きてゆけない人間を心より哀れんで.自ら
地獄に身を落として修行されその功徳をその六時に封じ込め
作られたのが南無阿弥陀仏であり.釈尊と阿弥陀様と一如になり
この世にあらわされました。従って阿弥陀様の救いに逢えば
口に表す事の出来ない程の喜びを頂き.口から自然とお念仏が溢れ出て
くるのです。

690 :名無しさん@3周年:04/05/24 22:50 ID:vgww2EIF
六時ではなく六字です
訂正

691 :名無しさん@3周年:04/05/24 23:16 ID:vTXMuSow
イエスは低脳だと言っている。

692 :名無しさん@3周年:04/05/24 23:22 ID:lSgtlRWR
イエス=ブッダ 同一人物????? 神はひとりなり

693 :名無しさん@3周年:04/05/24 23:29 ID:biXxOF1C
神々がいて、神がいる。神々より神を信じたほうがいいってことだな
つまり、イエス=ブッダ 神=真理 ってことか

694 :名無しさん@3周年:04/05/25 20:52 ID:xclfm0Xt
神はいるかもしれない。

695 :名無しさん@3周年:04/05/26 23:02 ID:RHjK9xzO
もう少し敷居が低くなればね・・・。信者同士が必ずしもみんな知り合いで、
閉鎖的にまとまってるわけじゃないけど(行った感想)、ちょっと離れると
やっぱり行きづらい・・・。今度の伝道集会あたりに行こうとは思うけど。

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